迷宮の主
地下鉄に分身を散らし、その構造と敵の位置を把握した忍者は真っ先にその最奥部に居る分身と入れ替わった。
「大量でござるな」
そこには、忍者を囲む大量の子蜘蛛と、蒼褪めた肌をしたゴムのような皮膚の人間達、それを奥から見ている巨大な白い怪物。怪物の後ろには糸によって縛られた人間達が転がっていた。
「サクッと行かせてもらうでござるよ」
忍者は奇妙な姿の人間達が、明らかに元はただの人間であったと気付いたが、それでももう既に体は子蜘蛛に乗っ取られており、蘇ることはないことにも気付いていた。
「ふぅぅ……ッ!」
忍者は口に手を当て、息を噴き出した。それは炎となって、忍者の意に従うように広がっていく。
「やはり、こいつらは雑魚でござるか」
炎はこの空間の殆どを焼き尽くした。燃えていないのは、奥に居る怪物とその周辺の縛られた人間達だけだ。不思議なことにこの炎は殆ど煙も出さず、息苦しくなることもない。
『何者だ……!』
忍者の頭に直接声が、テレパシーが響く。
「しがない忍者でござるよ」
忍者は取り合うような様子も無く、無数の目が付いた白い楕円形の怪物の前に現れ、その忍刀を振るった。
「ギジャアアアアアアアアアッッ!!?」
悲鳴を上げる怪物。その体は殆ど真っ二つにされ、血が噴き出す。
『我が、迷宮のルールを制定する……ッ! このアトラック=ナチャを倒すまでは、我を傷付けることは出来ないッ!』
忍者の刃が再び怪物に触れる寸前で停止した。
「アイホート……迷宮の神なだけはあるでござるな」
その特徴から目の前の存在を言い当てた忍者。その背後から人ほどの大きさを持つ蜘蛛が現れる。真紅の目と、黒い体毛、丸太の如く太い脚。
「キィィィ!」
『戦え、アトラック=ナチャよ! どうせこの迷宮からは出れんぞ!』
その蜘蛛は現れると、嫌そうな顔でアイホートを睨んだが、アイホートが睨み返すと仕方なさそうに忍者に相対した。
「『臨兵闘者 皆陣列在前』」
「キィッ」
陰陽道によって忍者は自身を強化し、刀の背に手を当てた。
「『魔呪霊氣刀』」
「キィ……ッ!?」
続けて魔力、闘気、霊力、呪力の入り混じったオーラが刀に馴染んでいく。アトラック=ナチャは一歩ずつ下がっていく。
「では……」
「キィィィィ……」
斬りかかろうとした忍者に、アトラック=ナチャは裏返って降伏した。その瞬間、忍者にかかっていた制約のようなものが解けた。
「じゃあ、こっちで良いでござるな」
『や、やめッ』
忍者の刃が、次のルールを考えさせる間もなくアイホートの体を滅茶苦茶に斬り裂いた。
「む、迷宮のルールも消えたようでござるな」
「……私、帰っていい?」
人の女のような声が蜘蛛から響き、喋れたのかとでも言うように眉を顰めた忍者だが、取り敢えずは頷いた。
「……まぁ、好きにするでござるよ。人を襲わぬなら、殺す必要もござらぬ」
「分かった」
アトラック=ナチャの足元に魔法陣が浮かび、その姿は何処へとともなく消えた。残された忍者は縛られた人間達の方へと歩いて行く。
「無事でない者もおるでござるが……一応、全員間に合いそうでござるな」
糸に縛られ地面に転ばされた者達、彼らの体には一人残らず魔術の印が刻まれており、その体内には子蜘蛛が入り込んでいる。
「ぅ……ぁ……たす、け……」
「分かっておるでござる」
忍者は彼らを見回し、最も猶予が少ない者の前に座り込んだ。
「処置を開始するでござる」
魔術にも医術にも精通している忍者にとって、この程度の状況ならば焦る必要も無かった。
♦
リベルテの背に振り下ろされる剣。それは物理的にリベルテを斬り裂くことは無かったが、込められた神力はリベルテを蝕んだ。
「ぐッ……ハァッ!」
リベルテの体から緑の光が溢れ、体内を蝕む神力を吹き飛ばす。しかし、そこに四方八方から蛇人間達の放った魔術と矢が雨の如く殺到する。
「良いぞ、攻撃を止めるなッ!」
「くく、能力を使わせ続ければいずれは限界が来る……そうだろう?」
リベルテの装備である世界を照らす者は、飽くまでも彼女の異能を最も効率良く利用する為のものでしかない。
故に、単純な防御力によって敵の攻撃を防ぐことは出来ず、敵の攻撃を受けている間は常に異能を発動し、法則を無視し続けていることになる。
「ま、ずい……ッ! 転移、しないと……ッ!」
リベルテは緑の波動を放って殺到する攻撃を掻き消し、生まれた一瞬の時間を使って転移の魔術を発動した。
「愚かだな」
「ッ!?」
空洞の端辺りに転移したリベルテ。その転移先に先んじて振り下ろされていたイグの剣が、リベルテの頭を打ち付けた。物理的な衝撃は装備によって自動的に無効化されたが、刃に込められた神力と術までは掻き消せず、リベルテの脳を神力と術が侵食する。
「ぁ、ぐ……ッ」
リベルテはその場で膝を突き、目線が定まらないまま頭を抱えた。異能を操作し、何とか体の中に入り込んだ術を無効化し、神力を追い出そうとする。しかし、よりによって頭に攻撃を食らったリベルテはその操作もいつも通りには出来ず、手こずっていた。
「終わりだな」
「ま、だッ!!」
リベルテは神力を追い出すことを諦め、耐え難い苦痛を感じながらも目の前で剣を振り上げるイグを殴り飛ばした。
「私が、死ねば……アメリカの光が、失われるッ!!」
自身を奮い立たせ、何とか拳を構えたリベルテ。そこに再び四方八方から殺到する魔術と矢。リベルテは緑の波動を放ってそれらを吹き飛ばしたが、その波動を貫いて迫る漆黒の槍を背から伸びる炎と自身の拳で受け止める。
「『蛇陰突』」
「がぁッ!?」
その背後から、リベルテをイグの尾が貫いた。
「ぁ……死……」
背中から腹までを尻尾に貫かれたことで、ツァトゥグァの放った槍を受け止める力が抜けていく。毒のように体内に染み出した神力はリベルテを蝕んでいき、リベルテは目の前まで死が迫っていることに気付いた。
「――――助太刀致す」
リベルテの前後に同じ姿をした二人の忍者が現れる。一人は迫り来る槍を防ぎ、一人はリベルテの首を断とうとする直剣を防いだ。