実体
体を奪い取って復活したイゴーロナク。玉藻は扇子を畳み、その先をイゴーロナクに向ける。
「『扇王刀』」
玉藻は扇子に妖力を纏わせ、細く鍔の無い反った刀に変化させた。
「要するに、じゃ」
「その力……やはり、我の知らぬ力だな」
妖力に目を向けるイゴーロナク。玉藻はその眼前まで急接近し、イゴーロナクの体を真っ二つに斬り裂いた。
「魂を斬れば良いんじゃろう?」
「『 』」
別の肉体に憑依しようとする魂。玉藻はそれを注意深く捉え、刀をそこに向けた。
「ふんっ」
魂を追いかけるように転移し、妖力を纏った刀を振り下ろす。真っ二つに斬り裂かれた魂はしかし、しぶとくも残っている。
「ぬ?」
だが、このままでは無事では済まない魂。故に、イゴーロナクは最も近くに居る存在……つまり、玉藻の体に入り込んで魂を安定させようと試みた。
『ククッ、入れたぞッ! 間抜けな狐めが……これで、貴様の肉体を奪い取れば我の勝ちだッ!』
「奪い取れれば、じゃがな?」
玉藻は不敵に笑い、自身の胸を見下ろした。
『グ、ゥォ……!? な、なんだこれは……ッ!』
「勘違いしておるようじゃが……お主が吾の中に入れたのは、吾が招き入れたからに他ならん」
苦しみ呻くような声が、玉藻の中で鳴り響く。
『わ、我が消える……く、食われる……!?』
「何を言っておる。お主のようなばっちぃのを食う訳なかろう? 潰して、燃やして……消すだけじゃ」
玉藻の中で暴れていた魂が、神力が、勢いを失い……押し潰されて消えた。
「斬るだけでは、欠片となって生き残りそうじゃったからな……これでもう二度と蘇れんじゃろう」
玉藻はふんと鼻を鳴らし、次の標的を探した。
♦
小高い丘の上に作られた施設。ほぼ全壊した状態にあるそこでは、規格外の怪物であるショゴスとニャルラトホテプの化身が老日の使い魔達と争っていた。
メイアとシャドウはショゴスを抑え、カラスとオールドはニャルラトホテプの化身と相対している。
「くふふ、凄まじいね! 私じゃとても勝てないかも知れない!」
ニャルラトホテプは自身の体を自在に変形させ、ある程度は人間の形を保ちつつも刃の付いた筋肉の触手を振り回している。
『『死影斬』』
カラスを狙うそれを、老日を模した影の男……オールドが黒い斬撃で防ぐ。
「さて……少し、ギアを上げようか」
ニャルラトホテプの肉体が弾けるように膨張し、折れた巨木のような姿に変化する。肉の塊だったその体は直ぐに本物の木のような樹皮に覆われ、そこかしこから水晶の混じる黄金の巻き枝が生える。
「この姿の私はアトゥと呼ばれていてね……これが、化身としての私の本来の姿だ」
アトゥを名乗った化身は輝く黄金の巻き枝を触手のようにうねらせ、周囲に無数の魔法陣を展開した。
「カァ、随分奇妙な見た目になったな?」
「くふふ、良いだろう?」
折れた巨木の断面からはグロテスクに蠢く肉が見える。そして、展開された魔法陣から大量の魔術が放たれた。
「『暗き天翼』」
カラスが翼を広げると、その翼から闇が溢れて巨大な翼となり、その肉体に活力を齎した。
「行け」
その翼から帯電した鴉達が大量に放たれ、迫り来る魔術達を迎え撃つ。使い魔として生み出された鴉達は、その身の魔力を以って敵の魔術を食い破り、それが叶わなければ自爆して魔術を破壊していく。
「影傑」
『『影襲撃』』
オールドがアトゥの背後、巨木の影から斬撃と共に飛び出し、その大きな体を斬り付ける。
「硬いな」
アトゥの樹皮には傷が付いているが、中の肉までは見えていない。
「さて、先ずはその目障りな影から潰そうか」
アトゥの体に巻き付いた黄金の枝がオールドを捉えようと動くが、オールドは影に沈んで消えた。
「ふむ……凄く面倒だね」
『『影分身』』
影から現れたオールドの体が二つに分かれ、分身する。
「だが、攻略方法は見つけたよ」
アトゥの真上に魔法陣が展開され、大きく広がっていく。
「『絢爛の宮殿、光の――――」
「取り消しだ」
カラスはプルソンの権能によって音に干渉し、詠唱を掻き消した。
「随分、厄介な力を持っているようだね……無詠唱のもの以外は使えなさそうだ」
「カァ、だが弱点に気付かれたってのは面倒だな?」
カラスの体が変化し、黒髪金眼の人間の姿に変貌する。
「『我は神奴に非ず。神の頭蓋を穿ちて砕く』」
カラスの手の甲に刻まれた逆向きの五芒星が光り輝く。
「『撃退する雷鳴の棍、追放する稲妻の槍』」
稲妻が迸る棍棒と槍が、カラスの手に握られた。
「ほう……逃げ回るのはやめたということかな?」
「その方が嬉しいだろ?」
アトゥは黄金の巻き枝をしならせ、カラスに向かって撃ち付けようとした。
「『激震雷鳴』」
カラスは棍棒を巻き枝に叩き付け、迎撃した。すると、破裂するような凄まじい音が鳴り響き、巻き枝からアトゥの本体まで電撃が迸った。
「ぐッ」
「『貫雷閃』」
全身に電撃が回り、動きが止まった一瞬を稲妻を纏う槍が貫いた。