始まった侵攻
小高い丘の上に作られた秘密の施設。しかし、その施設に与えられた砲台としての機能は発揮できない状態にあった。
「ッ、私が直さないと……回路が滅茶苦茶です……素材も、足りない……!」
ステラはその施設の地下で、破壊された砲台と魔力炉を修復しようと全力を尽くしていた。
「砲台を修復しない限り、あの化け物は倒せない……!」
ステラは穴の開いた天井を見上げ、そこから見える巨大な影を睨んだ。
「――――テケリ・リ!」
それは、ショゴスと呼ばれる怪物だ。黒い玉虫色に光る、巨大な不定形の粘体。地底深くに封印されていた彼らだが、ニャルラトホテプの手によって今、解き放たれたのだ。
「カァ、メイア! 無理すんなよ!」
「分かってるわ」
メイアは既に月紅紋を発動しており、代償を払いながら戦っている。目の前のショゴスは吸血することも不可能で、常に消耗しながらの戦いになる。
「テケリ・リ!」
「『紅蓮武装・灼骨霊魂刀』」
メイアは自身の腕から燃え盛る骨の刀を抜き放ち、変幻自在の体から触手を伸ばすショゴスに斬りかかる。
「テケリ・リ!」
「ッ、速い……!」
無数に伸びる触手を斬り裂きながらショゴスに近付くメイアだが、正面から真っ直ぐに伸びた細い触手に腕を貫かれ、顔を顰める。
「テケリ・リ!」
「ッ!」
そのまま細い触手を膨らませ、メイアを呑み込もうとするショゴスだが、メイアはその身を霧に変えて逃れた。
「『獅子の手、毒蛇の牙、熊の足』」
「させると思うかな?」
そこから少し離れた空中で詠唱するのは、カラスだ。その隣に現れたのは、腕が翼に変わった美しい女。女はカラスの詠唱を妨害しようと両足を二つの醜悪な触手に変え、カラスに襲い掛からせる。
「『命を翳せ。輝く御霊も作り物』」
「ほう」
しかし、カラスの体から溢れ出るように一つの影が飛び出し、その触手を斬り裂いた。全身が漆黒に染まった影の男、その形状は老日勇に酷似している。
「『良質な使い魔の作成』」
「中々、面白いじゃないか」
空中の女に斬りかかる影の男。それらを一切無視して魔術を唱えるカラスの翼から影が溢れ出し、空へと昇りながら形を成していく。
「『雷影龍』」
「おぉ、凄いね!」
百メートルを超える巨体の漆黒の龍。全身に雷が迸り、凄まじい威圧感を放っている。
「行くぜ、邪神擬き……シャドウとオールドが居れば、オレでも相手くらいは出来るだろ?」
「邪神擬きじゃなくて、ニャルラトホテプさ。正真正銘の邪神だよ」
施設を破壊した張本人、ニャルラトホテプとカラスは相対し、戦闘を開始した。
♦
アメリカ全土に広がる混乱。それは、各地に出現した邪神達によるものだ。
「殺せ! 殺せ! 撃てぇえええええええええッ!!」
「効いてるのかッ!? なぁ、効いてるのかアレ!?」
それは、膨れ上がった白い体を持つ頭の無い人型の邪神。集まった軍隊が一斉に銃撃するが、それらは邪神の体に触れる直前で火花を散らし、弾かれてしまう。
「バリア張られてんぞ! 物理攻撃だけじゃ通じねえ!」
「おい、誰か使えねぇのか!? 魔術を!」
混乱の中、邪神は自身の障壁の中で両腕を広げ、手の平に開いた口を見せる。
「死ぬが良い、ゴミ共」
両手の口から舌が伸び、そこに刻まれた魔術紋が光を放つ。
「なァッ!? 何だッ!? 地面が、溶けてやがる!」
「地面だけじゃねぇッ、銃もだ! 全部だ! クソ、熱すぎる!」
邪神の周囲一帯が赤熱してドロドロと溶け始め、建造物は陥没した地面によって崩壊し、それもマグマのようにドロドロと溶けていく。
「我が名は、イゴーロナク……背徳と悪行の神だ」
現れた邪神は、地上の征服を開始した。