作戦概要
当日の作戦としては、クトゥルフの討伐と星の智慧派への攻撃という二正面作戦になった。普通ならば戦力の分散など愚策でしか無いが、俺達にとって一番のチャンスはここだ。
何故なら、今が唯一向こうに気付かれずに動けている状態で、クトゥルフの討伐に全戦力を割いてしまえばその後のニャルラトホテプへの行動が困難になるからだ。
「邪魔するぞ」
小高い丘の上に建てられた小規模な施設。それは周囲からは見えず、誰も寄り付くことは出来ない。
「いらっしゃいませ、マスター」
「あぁ」
金属製の扉を開けて中に入ると、ステラが一番に出迎えた。施設に入って直ぐに目に入るのは玄関でもリビングでも無く、だだっ広い研究用の空間だ。天井付近には無数のパイプが通り、そこかしこに魔術的な機械が存在している。
「あっ、勇! 今凄い良い感じだよ! 見る?」
「見せてくれ」
瑠奈に手招きされ、施設の隅辺りにあるテーブルまで行くと、無数に散らばった紙とインクの垂れた羽ペンが見えた。
「……………………なるほどな」
「どう?」
俺はじっくりと目を凝らして見ることで、漸くその術式の構成を理解出来た。
「問題ないと思う。だが、復活が出来なくなるだけでどうにか殺す必要はありそうだな」
「そうだね……でも、クトゥルフを殺すのは吾輩に任せろって師匠が言ってたよ」
アステラスがか。まぁ、場所的に躊躇なく魔術をぶっ放せはするかも知らんが……いや、津波くらいは起きるかも知れないな。
「一応、ハスターさんの話だと精神波を飛ばして攻撃してくるらしいから、その対策もしてるよ」
「精神攻撃か」
割と搦め手タイプなのかもな。
「ハスターさんから精神波から身を守れる特別な酒みたいなのを貰ったんだけど、万が一は有り得るからね?」
そう言って瑠奈は意味深に笑った。恐らく、ハスターの渡した酒とやらが罠だった時の為の対策も考えているということだろう。一応、外部に音の漏れない空間とは言え、ハスター相手だと声に出したらバレる可能性があるからな。
「やぁ、ただいま」
天井から落ちてきて音も無く着地した瓢は軽い調子で片手を上げた。
「最早、ホテルというよりもこっちが拠点だな」
「確かに。私、あのホテルでちょっとしか過ごしてないよ……折角の海外だったのに!」
「あはは、海外旅行はまた今度行ってきなよ。君達二人でさ」
瓢の言葉に、瑠奈が笑みを浮かべてこちらを見る。
「まぁ、考えとくが……」
「やったっ、言ったからね!?」
使い魔達にもせがまれてるんだよな……何なら一緒に行くか? いや、嫌がられるに決まってるな。
「そんなことよりさ、星の智慧派については色々と分かって来たよ」
「あぁ、忍者達から報告も聞いてる」
忍者の方でも当然調査が行われているが、アイツら曰く星の智慧派の影響力はアメリカ全土に広がっており、シカゴ辺りを支配するマフィアにも手がかかっているらしい。
「それとは別に、僕の方でも見つけたことがあるんだ。それと言うのも……星の智慧派が既に蘇らせている邪神達が分かった。それで全部では無いだろうけどね」
「それはデカいな」
「ハスターさんに話を聞けたら、対策まで出来るかも知れないね」
既にハスターには俺達の目的がニャルラトホテプの陰謀の阻止だということは伝えてある。というか、既に把握されていたというべきか。
「先ず……」
「いや、そこら辺の共有はアステラスも来た時にしよう」
そもそも、アイツは何処に行ったんだ?
「フハハハッ、吾輩が帰ったぞッ!!!」
「丁度良い所に来ましたね、師匠」
噂をすれば影、だな。
「随分テンションが高いな。いや、いつもだったか?」
「まぁ、三割増しと言ったところであろうな!」
テンション高い自覚はあるんだな。
「それで、どこに行ってたんだ?」
「星を見ていた……あぁ、別にかっこつけでも何でも無いぞ?」
「別に知ってる。星魔術士の言う星を見るは遊びでも戯れでも無いからな」
寧ろ、本業とでも言えるだろう。
「それで、吾輩が丁度良いとは何の話だ?」
「うん、僕から話したいことがあって、丁度アステラスが来たら話そうと考えてたんだよね」
メイアとカラスは居ないが、使い魔のパスを通じてリアルタイムに共有は出来るし、まぁ良いだろう。
「それで、現状で復活してる邪神なんだけど……基本的には本人自体にはそこまでのパワーが無い奴が多いね」
「そうなのか?」
「うん。ニャルラトホテプとしては、ある程度戦力が纏まってから好き放題させるつもりだと思うんだよ。だからこそ、クトゥルフみたいな簡単に御しきれない程強い奴は後回しにしていたんじゃないかな」
「していた、ってのは?」
過去形で言った瓢に問いかけると、瓢は薄く笑った。
「クトゥルフの復活を皮切りに、ニャルラトホテプは実力のある邪神を次々と復活させるつもりだ」
「……そうか」
ここからが本番、ということだろう。