死せる――、――の館にて、
俺は半魚人達が去った後、気配を消して沿岸に近付き、海の中に手を突っ込んだ。
「……行け」
俺はそこから三匹の魚を生み出し、海に放った。魚達は直ぐに港を去り、あの半魚人達を追いかけて行く。
「さて……飯でも食うか」
俺は踵を返し、何を食べるか考えながら歩き出した。
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三匹の魚は散開し、半魚人達を追いかけていく。
「ゥゥ、ォ……」
「ゥォ、ァァ」
魚達にとって、呻くようなその声は理解できる言語ではない。ただ、彼らに与えられた役目は気付かれることなく半魚人達を追いかけることだけだ。
時速三十キロもの速度で水中を泳ぐ半魚人であったが、老日に作られた魚達は問題なくその後を追うことが出来ていた。
「ィゥゥァゥゥ」
「ゥゥ、ァゥ」
そして、二体の半魚人は二時間かからない程度泳いだ後、足を止めて更に深くへと潜っていった。少し先には陸地があり、魚達は二手に分かれたことにした。
二匹は半魚人を追い、一匹は水面から顔を出し、その景色を記録する。
そこにあったのは、霧に覆われた町だ。不気味な程に陰鬱で、異常な程に磯臭い。そして、老日の創り出した魚はそこを歩く無数の半魚人と人間の姿を捉えた。良く見れば、半魚人のような顔をした人間も何人か見える。
だが、それを見ていた魚は次第に力を失い、海の底へと沈む死体となった。
「ゥゥ、ォ……」
そして、残りの二匹は海底へと潜っていった半魚人を追った。その内一匹の横を、下から上がって来た別の半魚人が通る。
「ォ」
次の瞬間、魚はその半魚人に掴まれ、口の中に放り込まれた。
残り一匹となった魚は、必死になって半魚人を追いかける。そして漸く辿り着いた先にあったのは、海底に建てられた幾つかの建造物と、その中心にある巨大な門だった。
縁以外がぽっかりと開いた円形の門は金属のような光沢を放つ水色で、青緑色の石で作られた土台の上に立っている。
「ゥゥ……ォ?」
その門を止まって見ていた魚は、目の前に現れた半魚人に体を掴まれ、二匹目と同じように食い殺された。
♦
クインジーマーケットで悠々と飯を食っていた俺は、息絶えた三体の映像を見て眉を顰めた。
「……霧の町か」
座標的には、ニューベリーポート辺りだな。ボストンと同じマサチューセッツ州で、そう遠くはない。
(行ってみるか?)
リスクはあるが、正直あの犯罪者集団がどうとか、どうでも良くなるレベルの話だ。放置しておく方が問題ではあるだろう。
「……良し」
報告だけして、行くとしよう。ちまちま様子を伺うようなやり方は、得意じゃない。
ニューベリーポートに辿り着いた俺は、直ぐに魚達が発見した霧の町の在った辺りまで向かった。しかし、そこには大きな岩礁が一つあるのみだった。
「……アレか」
しかし、良く見れば直ぐに魔術で隠された空間があることが分かった。
「完全なる不可視」
俺は不可視となってそこに近付き、その空間に入り込もうとした。しかし、どうやら今は入り口が閉じているように見える。魚達が入れたのは半魚人と同時に通ったからだろう。
「『門にして鍵』」
しかし、それを素通りする手段を俺は幾つも持っている。魔術によって隠された空間に入り込み、俺は霧に沈んだ町を見回した。
人間と半魚人、そしてその中間のような生物が町の中を歩き回っている。人間には女が多く、皆一様に暗い顔をしている。
「……そういうことか」
中間のような生物に目を向けて良く観察すると、人間の因子と半魚人の因子が混じり合っていることが分かった。しかし、明らかに半魚人の因子の方が優勢なようで、いずれ完全な半魚人と化してしまうだろう。
ここまで来れば、察しは付く。つまるところ、こいつらはゴブリンのような種族だ。他種族との交配を好み、種を拡大する邪悪な生物だ。
「焼き尽くしたって良いが……」
今、ここで目立つ行動をするのは得策じゃない。俺がやるべきことは、何よりも情報を得ることだ。
俺は耳を澄ませ、町中の会話を捉えた。
「あぁ、もう直ぐだ。奴が言っていた。後は祈りだけで星辰は揃うと」
「父なるダゴンもお喜びになられるだろう……素晴らしい」
「ククク……偉大なる――が蘇ル、――の館で目を覚マス!」
そこに居る半魚人達は人間の言葉で話している者も混じっていた。その中でも気になる会話だけを抽出し、俺は考える。
父なるダゴン……確か、クトゥルフの配下みたいな奴だったよな? もしかすれば、こいつらが蘇らせようとしてるのはクトゥルフかも知れない。
「しまったな。もう少し、調べておけば良かった」
クトゥルフ神話の方はノイズになる情報も多いかと判断して詳しくは見なかったんだが、ざっと目を通すくらいはしておくべきだったな。
「……取り敢えず、報告だな」
もう直ぐ蘇る的な話をしている以上、その期間がどの程度か判明するまでここは動けない。もし、それが今日中と言うのであれば、俺が止める必要があるからな。