占星術
転移によって家に帰った俺は準備を整えると直ぐに異界に向かい、あの宇宙の深淵に見えた本体の気配を頼りに魔術で調査を行っていた。
「……クソ」
やっぱり、探知や予知系の術は苦手だ。魔女術も占星術も自分で使うことは殆ど無かったからな。仲間に頼り切りになっていたツケが回って来たか。
「もう一回蘆屋の力を借りるか? いや、蘆屋を重要視されると本気で殺しに来る可能性が高いよな……」
一度だけならまだしも、何度も繰り返していれば蘆屋さえ殺せばどうにかなると思われても仕方ない。
「……弟子か」
アリな気もしてきたな。俺が陰陽道を扱えるようになれば誰にも頼らず世界中のニャルラトホテプを探し出せる。それか、大嶽丸の時の天明とか言う奴に頼むのも無しじゃないが……国の組織に直接接触するのは、流石に避けるべきか。
「それか、魔術結社に依頼するってのもアリか?」
報酬さえ払えばやってくれそうだが、知ってるのは瑠奈とアステラスくらい……いや、アステラスなら占星術を使えるな。関わると疲れそうな奴だが、頼んでみる価値はあるだろう。
……取り敢えず、もう少し探ってからにするか。
俺は足元に広がった陣を消し、新しく別のモノを展開した。ピンク色の液体をその中心に垂らし、あの時の気配を思い出して目を瞑る。
「『紺碧の結晶、輝きて洞穴の奥を照らし出す』」
魔術を唱える俺の背後を、風が通り過ぎたような気がした。
♢
瑠奈にメールを送ると、直ぐに反応があった。前と同じ喫茶店で集合ということになり、俺は調査を取り止めて店まで移動した。
「おはよ、勇~! ちょっと振りだね」
店に入って少し奥まで進むと、前と同じ席で瑠奈が座っていた。お気に入りの場所なんだろう。
「おはようって時間でも無いだろ。もう夕暮れって感じだぞ」
「ふふ、確かに?」
俺は瑠奈の前に座り、メニューを見た。
「デミグラスオムライス」
「ん、私も」
この前瑠奈が食ってるのを見て美味そうだったからな。
「飲み物は……水で良いか」
「えー、喫茶店なのに?」
前も水だったからな、俺は。
「敢えてな」
「敢え過ぎだよ……」
瑠奈はそれから少し悩んで、カフェオレを飲むことにしたらしい。
注文を済ませた後、俺は話を切り出した。
「メールでもある程度は伝えたと思うが、アステラスと話がしたい」
「うん、師匠ね」
既に防音の魔術は張ってある。誰かに聞かれる心配も薄いだろう。
「それで、何の話をしたいかってことなんだが……依頼がしたい」
「依頼?」
「あぁ、依頼だ。いきなり本題に入るが……ニャルラトホテプって知ってるか?」
「ッ!」
瑠奈は驚愕の表情を浮かべた。どうやら、知ってそうだな。
「知ってるに決まってるよ……私だって、星の魔術師なんだから」
「そうか」
こくりと瑠奈は頷いた。
「師匠も絶対知ってる。何なら、最初は師匠から聞いたし……」
まぁ、瑠奈が知ってるならアステラスも知ってるだろうな。
「私達みたいに星魔術を使う魔術士は、必ずそれに近付かないようにするんだよ」
「それってのは?」
薄々察しているところもあるが、俺は問いかけた。
「遥か彼方の星域、向こう側の宇宙、隠された次元……そこに座する、魔王」
「魔王?」
俺は思わず言葉を反芻した。
「うん、私達みたいな魔術士は名前を出すのすら危ないから……本当はニャルラトホテプもそうだったらしいんだけど」
「まぁ、今は魔術である程度隔離されてるが……一応、気を付けた方が良いか」
名前を呼ぶだけで探知してくる奴は居るが、そいつもその類ってことか。多分、あの場所の中心に居た一番の怪物のことだろうが。
「そいつに関しては割とどうでも良いんだが……俺が追ってるのはニャルラトホテプだ。アイツの位置を特定したい。出来れば、全ての化身のな」
「うんうん、なるほどね……大体分かったよ!」
話が粗方伝わったところで、店員がトレイを持ってやってきた。
♢
久し振りにやってきた魔術結社。エントランスで視線を集めながら魔法陣で高層まで移動し、瑠奈と共に扉を叩いた。
扉が開き、現れたのは黒い髪に紫のメッシュが幾つも入った少女。アメジストのような深紫色の目がこちらを覗く。
「良くぞ来たな! 弟子達よ!」
さらっと弟子に含まれたか、今?
「こんばんは、師匠!」
「うむ。それで、この吾輩に何用だ?」
「あぁ、それなんだが……ここ、防音か?」
俺の問いに、アステラスは頷いた。
「当然、バッチリよ。自分のラボに防音すら施さぬ魔術士など居らんだろう」
「そうか。だったら早速話すが……ニャルラトホテプは知ってるな?」
アステラスの表情が、変わった。