蘆屋で調査
という訳で、俺はぼちぼちニャルラトホテプについて探っていくことにした。ぼちぼちと言っても、ソロモンの時ほど消極的にやるつもりは無い。
「蘆屋、聞こえるか? 話したいことがあるんだが」
『聞こえる聞こえる! 久し振りじゃん?』
なんかテンション高いな。
「今、周りに人は居るか?」
『ん、ちょっと待ってね……うん、居ないけど』
「アンタって陰陽寮所属じゃないんだよな?」
『うん。招集されることはあるけど、基本はフリーって感じ』
陰陽師、蘆屋干炉。情報収集の面において、陰陽師はかなり便利だ。日本固有の技術である陰陽道による探知はニャルラトホテプにも勘付かれない可能性がある。
「だったら、知れば危険になるだけの情報かも知れないが……どうする?」
『どうするって……え、勇はどうして欲しいの?』
「……俺としては聞いて欲しいな。それから、ソロモンの時みたいに少し調べて欲しい」
『良いよ』
随分、すんなり頷いたな。
「……何でだ?」
『ふふ、何でってなに? 僕が協力するのがそんなに変?』
「いや、アンタにとっては危険しか無いような話だからな。勿論、礼はするつもりだが」
何だかんだ、こいつには借りを作ってる気がするな。逆にこいつに何かを頼まれた記憶も無い。借りは返さないとな。
『一つは面白そうだからかな。僕、結構刺激を求めるタイプって言うか、好奇心に従っちゃうタイプなんだよね』
「あぁ、ソロモンの時もそんな話をしてたな」
『それで、もう一つは勇だからだよ』
「……俺だから、か?」
正直、そこまで深い関係性にあるとは思ってないが。
『僕、君のこと気に入ってるからさ。それに、もう友達じゃん。特に理由も無く手を貸すなんて普通でしょ?』
「……友達か」
友達だったのか。
『え、そう思ってるの僕だけ?』
「いや、言われてみれば友達だったかも知れない」
『え~、何それ』
「いや、年の差があるからな。俺から友達だって言うのもおかしな話だろう」
こいつが18くらいで、俺が22……まぁ、ギリ友達になれる範囲か?
『それで、話したい事って?』
「あぁ、電話だと傍受される可能性もあるからな。出来れば会って話したい」
『おっけ、どこで会う?』
「今、大丈夫なんだな?」
『うん』
「だったら、会いに行く」
俺は魔術で蘆屋の位置を探知し、周りに誰も居ないのを確認して転移の魔術を発動した。
「来たぞ」
「えっ」
昼過ぎの教室の中、突然背後から現れた俺に蘆屋は引き攣った表情で振り返る。勿論、教室には俺達の他に誰も居ない。
「心臓止まるかと思ったんだけど……リアルメリーさんじゃん」
「会いに行くって言っただろ」
「メリーさんも言うじゃん。貴方の後ろに居るって」
そんなビビらせるような言い方はしてない。
「というか……学校に居るとは思わなかったな」
もう七月も終わるからな。時期的には夏休みじゃないのか?
「んー、本当は夏休みなんだけど……僕って陰陽師の仕事があるからさ。テストとかサボった分を特別課外って形で受けさせて貰ってるんだよね」
それで言うなら、俺は高校中退になるのか。同じように異界の影響で高校に行けなくなった奴は沢山居そうだが、どういう扱いになってるんだろうな。
「面倒臭いって気持ちもあるけど、その日出された分の課題さえ終わらせれば何でも良いからさ。のんびり誰も居ない教室で勉強するのも意外と悪く無いんだよね」
「確かに、雰囲気は良いな」
窓から暖かく日が差す教室。普段は騒々しいであろう教室が静寂の中にあるのも風情がある。
「まぁ、こんなところで話すのもなんだが……」
俺は音を遮断し、人払いの結界を張った。
「ニャルラトホテプって知ってるか?」
「なにそれ」
蘆屋は眉を顰めて言った。
「邪神だ。クトゥルフ神話のな」
「何だっけ、それ」
一応、聞いたことはあるくらいか?
「違う次元から飛んできた侵略的な神格だ。殆どは大昔に封印されたらしいが、それを免れた奴らも居る。ニャルラトホテプはその一柱だ」
「……なんか、やばそう」
小学生並みの感想だな。
「あぁ、ヤバいんだよ。そのニャルラトホテプって奴は何体も化身が居て、それぞれが別個で活動してるらしい。その内の一体、地球で天能連を操ってた奴は殺したんだが、残りの化身がどこの居るかが分からない。そして、アイツは魔術に関する深い知識を持ってる」
「……なるほどね。だから、陰陽師の僕に頼りに来たって訳だ」
俺は頷き、小瓶を取り出した。中にはピンク色の液体が詰まっている。
「うわ、何その気持ち悪いの……」
「ニャルラトホテプの死体だ。これで探ってみてくれないか?」
蘆屋は指先でつまむようにそれを受け取り、溜息を吐いた。
「ここでやるの?」
「問題無いなら、頼む」
蘆屋は机と椅子を動かし、ある程度空間を作ると、その中心に座り込んだ。
「『楓の老木、棗の木。人に似て天にあり、神鳴りて地を穿つ。日輪示す天将、天地表す十二の獣。星は知り、門は指す』」
正座で両手を合わせ、目を瞑り唱える蘆屋。風が吹き、教室のカーテンが揺れる。窓枠がガタガタと音を鳴らす。
「『六壬八門侙式占』」
風が止み、蘆屋は目を開けた。