※忍者と妖による残党狩り
横浜にある天能連の逃亡先へと辿り着いた三人は、分かれて敵を殲滅することにした。
「見つけたでござるよ」
能力者達が待機していた部屋の中に音も無く現れたのは忍者。袖から忍刀が垂れ、その手に握られる。
「ッ、そこに居るぞッ!!」
「『火炎』ッ!!」
透明な忍者を指差した男。その方向に向けて即座に異能の炎が放たれる。
「遅すぎでござる」
「がはァッ!?」
炎を操る赤髪の男、ブレイズの首が掻っ切られる。
「なッ、ブレ――――」
それに驚いた隣の男の喉元には苦無が突き刺さり、部屋中に混乱が広がる。
「や、やべぇってッ! どこに居んだよ!」
「お、おいッ、ボヤンッ! 見えんだろ!?」
「見えるが……クソッ、速すぎて分からんッ!」
次々に、次々に。首が落ち、心臓が貫かれていく。その部屋に居た能力者達が全滅するのにかかった時間は一分も無かった。
「次でござるな」
そして、それを為した忍者には傷の一つも付いていなかった。
♢
施設中には悲鳴や怒号が響いていた。悲鳴は主に忍者の所為であり、怒号は主に瓢の所為だ。
「クソッ、どこ行った!?」
「そこだッ! そこに消えたぞ!」
「おい、そっちの部屋にぐぉッ!?」
一人の男が地面に沈んで消える。全員がそちらを振り向くと、ニヤニヤと笑う少年の頭が地面から飛び出していた。
「ッ! 死ねやァッ!!」
鉄の槍が放たれるが、ひらひらと手を振る少年の頭を擦り抜けて地面に弾かれる。
「ま、また消えた……どっから来るんだ!?」
「地面に気を付けろッ! 地面から出て来るぞッ!」
男の言葉に全員が地面に注視する。その直後、和装の少年が天井から落ちてきた。
「あはは、残念」
瓢はまた一人、構成員を何処かに消し去って笑った。
「く、クソ……何なんだこいつッ! 何の攻撃も当たらねえ癖に、向こうは一撃でどうにかして来やがるッ!」
「折角生き返ったんだァ、こんなとこでやられる訳にはいかねェんだよ!」
瓢に無数の攻撃が殺到する。それは電撃、それは槍、それは拳。しかし、そのどれもが瓢を擦り抜ける。
「……普段はあんまり使わないんだけど」
瓢が呟く。その体から透明な妖力が溢れ出した。それは瓢を囲む能力者達に触れると、そこから溶かすように全員が消えていく。
「な、なッ、何だよこれ!?」
「『電磁』ッ!!」
皆が呑み込まれていく中、雷の槍が形成されて瓢に向けて真っ直ぐ放たれる。しかし、それも同じように妖力の中に呑み込まれて消え去った。
「終わりかな」
やがて、透明な妖力は周辺に居た能力者全員を呑み込み、何処かに消し去ってしまった。
♢
青い光の線が走る銀色の道を歩く忍者。そこに斬撃が発生し、空気を斬り裂いた。
「む」
直後、前方から燃えるような熱風が道を埋め尽くすように吹いてきた。忍者は咄嗟に後ろに下がろうとするが、いつの間にか見えない壁が出来上がっていた。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、でござるよ」
忍者は印を結び、迫る熱風に向き合った。烈火の如き熱風は完全に忍者を呑み込んだが、忍者の体どころか服も燃えない。
「風の次は煙でござるか」
廊下を埋め尽くそうと迫る黒煙、忍者は口元に手を寄せる。
「『暴風の術』」
吐き出された息が勢いを増して凄まじい風となり、迫る黒煙を吹き飛ばす。結果、忍者に辿り着くことは無かった黒煙だが、その中から無数の怪物が飛び出して来た。
「魔物では無いでござるな」
牙に塗れた巨大な口だけの頭を持つ怪物、サイズはそれぞれ違うが形は全て同じで、大きな頭に太い手足を持つ筋肉剥き出しの赤い獣だ。
「――――よぉおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
突如、背後から現れたのは白いTシャツを着たぼさついた黒髪の男。振り下ろされた拳は、忍者に触れる寸前で空振り……代わりに現れた小さな袋に直撃した。
「うおッ、何だこれッ!?」
「変わり身の術でござる」
拳によって袋が破裂し、凄まじい勢いで撒き散らされた細かい鉄片が男を襲う。しかし、肌に浅い傷を付けただけで大きなダメージは無い。
「そうかッ、俺はパワーだッ!!」
「聞いてないでござるよ」
再び振り下ろされるパワーの拳。それは細い見た目から想像できない程の力を秘めており、音を振り切る程に早かった。しかし、忍者は危うげもなくその拳を避ける。
「ふんッ!」
「ほう」
反撃で振るわれた忍刀。その刃はパワーの皮膚を斬り裂くも、肉にめり込んでそれ以上は進まない。
「「「ギシャアアアアアッ!!」」」
その瞬間、背後から襲い掛かる暴獣達。忍者の姿がどろんと消え、また袋に変化する。
「ギシャアアアアアアッッ!!?」
それに噛みついてしまった暴獣は飛び出した鉄片によって身体中をぐちゃぐちゃに引き裂かれた。
「『雷遁の術、白光球』」
忍者の傍に白く光る雷球が二つ生まれ、パチパチと弾けながら暴獣達の方へと向かって行く。
「「「ギシャアアアアッ!?」」」
雷球は近付いた暴獣達に電撃を浴びせながら廊下を動き回る。
「『臨兵闘者 皆陣列――――』」
その隙に印を結んでいる忍者。そこに斬撃が発生するが、斬り裂かれた筈の忍者は霧のように消え去った。
「――――在前』。この斬撃が一番厄介でござるな」
そう、斬り裂かれた忍者は分身だった。本体の忍者は術を完成させ、身体能力を大幅に上昇させている。
「……む、親玉は老日殿とぶつかっているようでござるな」
それに忍者は気付くと、切り替えるように印を結んだ。
「『分身の術』」
忍者の体が無数に増えていく。その数はあっという間に百を超え、廊下を埋め尽くす。
「であれば、もう殲滅して良いでござるな」
「ぐぅぉッ!?」
背後から殴り掛かって来たパワーの腹部が歪み、そこに呑み込まれるようにしてパワーは肉塊と化す。
「『切断』」
忍者が声を捉える。直後、隠された部屋に潜伏していたレンドの背後に現れた忍者は苦無を投げつけ、的確に心臓を貫いた。
「ぐッ、がはッ……!」
倒れ込むレンド。地面に伏しながら忍者を見上げ、その手を伸ばして忍者を切断しようとするが、敢え無く避けられる。
しかし、そこに白い髪の男が現れ、倒れたレンドに触れる。
「『転移』」
「『歪曲の術』」
発動した筈の転移の異能。しかし、ぐにゃりと歪んだ空間によってそれは阻害されてしまった。
「ッ!? そんな――――」
歪んだ空間は回転するように更に空間を捩じり、二人の男をぐちゃぐちゃに潰してしまった。
「一番厄介な切断と転移の異能者も仕留められたでござるな」
忍者は異能者達を制圧しながら奥へと進む分身の一つと入れ替わり、最深部を目指した。
♢
その最深部へと一歩先に到達していたのは、全てを擦り抜ける力を持つ瓢だ。
「やぁ」
「……誰だ」
銀の壁に囲まれた部屋の奥には黒い玉座が置かれており、その両脇には二人の男が立っている。その内の一人、黒いスーツの男が尋ねた。
「ぬらりひょん」
それだけ答えると、瓢は地面に沈んで消え、玉座の後ろに現れる。
「『殺戮劇場』」
「おぉ、凄い」
一瞬で部屋が血塗れになり、部屋が一段階暗くなる。そこら中に包丁やナイフ、鋏が転がり、一気に空気が重く沈む。
「死ね」
瓢がやつれた男……戯典に触れようとした瞬間、凄まじい金属音と共にナイフや鋏が違う場所に転がる。だが、肝心の瓢には傷一つ付いていない。
「ッ! 『英雄活劇』!」
無傷の瓢に驚きつつも、戯典はその場に一人の英雄を生み出した。
「へぇ、老日君」
見た目は完全に老日勇だが、その中身は空洞だ。それを見抜き、瓢は冷たく笑った。
「ぬらりひょんだか何だか知らんが、斬らせて貰う」
「記憶の共有すら出来てないんだね」
振り下ろされた老日の剣は瓢を擦り抜け、老日を覆う障壁を擦り抜けて瓢は老日に触れた。
「それなら、終わりかな」
老日がその場から消え失せる。驚愕に目を見開く戯典に瓢は指先を向けた。
「こっちは要らないね」
白い妖力が球体となって放たれる。それは戯典の体に触れた瞬間に形を変え、戯典の全身を覆い……何処かへと消し去ってしまった。
「さて、君には色々と聞きたいことがあるんだけど?」
「……神よ」
残された男は何をするでもなく、ただ孤独な玉座を仰いだ。
「――――もう終わったようでござるな」
瓢の横に忍者が並び立つ。瓢は頷き、男を指差した。
「天能連のボスは残したんだけど、僕は尋問とか得意じゃなくてね」
「任せるでござるよ。拙者、専門でござる」
虚ろな目で玉座を見つめる男の肩に、忍者は手を置いた。