きっかけ
翌日、俺はベッドの上で横たわっていた。窓から差す朝日を無視し、目を閉じている。
「主様、眠るならカーテンをお閉め致しましょうか?」
「いや……良い。寝てる訳でも無いからな」
何というか、やる気が起きないだけだ。戯典や天能連の残党とも言える奴らを処理する必要があるのは分かってるんだが……どうにも動き出すのが面倒臭い。きっかけが無いとでも言うべきか。
「了解致しました」
「あぁ、ありがとな」
ぺこりと頭を下げて去って行くメイア。しかし、家が残っていたのは幸運だったな。家どころか、周辺住民全員何も起きていなかったかのように認識していた。多分、瓢やステラ辺りが協力してどうにかしたんだろう。
「とは言え、完全にバレてない訳じゃないだろうな」
規模はかなりデカそうだったし、場所も完全に都市部だ。世間的には無かったことになっても、国はこの事態を把握しているだろう。
スマホが揺れた。俺は充電プラグを引き抜いてスマホを掴み上げ、画面を見た。
「……珍しいな」
LINKの通知、忍者からだ。
『話があるでござる』
『何だ?』
『ネット上で話すのは勘弁願いたい。出来れば直接会いたいんでござるが……希望の時間とかあるでござるか?』
会うのは確定か。
『いつでも良いぞ』
『今でも良いでござるか?』
『あぁ』
既読が付くと同時に、窓から音がした。
「……もっとあるだろ」
透明な忍者が、窓に張り付いて手を振っていた。
「入っていいぞ」
「邪魔するでござる」
窓から消え、どろんとベッドの横に現れたのは濃紺色の装束を纏った忍者。丁寧に靴は脱いでいる。
「何で普通に入り口から入らないんだよ」
「万が一にでも見られたり記録が残ったりするのは避けたいんでござるよ」
「まぁ、存在が国家機密みたいなもんか」
「大袈裟でござるが、否定はせぬ」
俺はベッドから身を起こし、魔術で体全体を浄化した。
「……で、何の用だ?」
「分かっているでござろう」
まぁ、このタイミングならほぼ確定だな。
「天能連についての話でござるよ。ここに襲撃が来たんでござろう?」
「らしいな」
忍者は眉を顰めた。
「らしい、でござるか」
「俺は居なかったからな」
ふむ、と忍者は頷いた。
「確かに、老日殿はアジトの方に居たでござるからな」
「違うぞ」
「誤魔化しは要らんでござる。拙者が直接見たでござる故」
「……どこまで見ていたんだ?」
「途中まではこちら側でも観測出来ていたんでござるが、突然遮断されたんでござる。白雪天慧に花房華凛、どちかが死ぬ可能性が高いと判断された故……拙者が行くことになったんでござるよ」
マジかよ。居たのかこいつ。一応、異世界の話をしてる時は遮音していたが、こいつ相手だと不安だな。
「話はどこまで聞いてたんだ?」
「特に何の話も聞いていないでござる。洗脳が解けたのを確認してから直ぐに戻ったでござる故」
本当なら、ギリセーフだな。
「しかし、分かっては居たでござるが……まだ本気を出しておらんかったんでござるな」
「それを言うなら、アンタもそうだろ?」
「流石に奥の手までは見せておらんでござるが、別に手を抜いていたという訳では無いでござるよ。実際、あの時はアレで勝ったと思っておったでござるからな」
あの封印術みたいな奴か。確かに、神力も聖剣も無ければ脱出は不可能だっただろうな。
「それで、何を聞きに来たんだ? 天能連については俺も大して詳しくないぞ」
「正確に言えば、天能連というよりも……無貌の神についてでござるよ」
無貌の神?
「聞いたことも無いでござるか」
「あぁ、無いな」
ふむ、と忍者は頷いた。
「ナイアルラトホテップ、外なる神と呼ばれる邪神の一柱でござる」
「……やっぱり、そういう奴だったのか」
あの女のことだろうな。初めは道化を名乗っていた、得体の知れない女だ。