vs 異世界帰還者
疲弊した白雪と、力を増している花房。俺は二人の間に入り、花房に剣を向けた。
「ろ、老日君っ!? 老日君来たっ、これは勝つる!!」
「邪魔するなら殺しますよ?」
神々しく髪を逆立たせた花房。明らかに強化状態にあるな。
「もうすっごいんだよ! さっきから、華凛ちゃんが覚醒しちゃってて……!」
「退かないと死にますけど」
花房の周囲に結晶の剣が無数に浮かぶ。それらは真っ直ぐに白雪に放たれた。
「邪魔をする、ということで良いんですね」
俺の剣に弾かれた結晶の剣は落ちた場所の地面を結晶化させて消える。その様子を見た花房は睨みつけるように俺を見ている。
「あぁ、そうだな」
白雪を守るように一歩前に出ると、花房の表情はより険しくなった。
「おぉ……流石老日君っ!! 超感謝だよっ、ありがと~っ!!」
そう言って白雪はどこかに消えた。遠くからでも見ているつもりなんだろう。
「見せてみろ」
俺とは別の異世界を救った英雄の力。もう一人の勇者。興味がある。生身で味わわなければ気が済まない。
「そうですか……死にたいなら、躊躇はしませんけど」
大気が揺れる。地面に亀裂が入り、空中に巨大な黒い球が生み出された。紫電を纏うそれは、俺に見せたものと同じ技の大規模版だろう。
「覚醒の異能を使った私は、全ての能力が何倍にも引き上げられています。それは、私の持つ無数の異能の一つ一つも例外じゃない……『電撃』」
迫る黒球より先に、視界全体を覆うほどに広範囲の電撃が俺を襲った。花房の指先から枝分かれするそれの回避は不可能に近い。
「ッ、障壁ですか……『解析』!」
しかし、その電撃を無傷で受けた俺に花房は眉を顰める。それより、俺が対処すべきは迫る黒球だ。破裂させても良いが、地形がかなり崩れることになるだろう。
「随分とデカいが……」
俺は手の平をその球に向けた。要するにあれは、圧倒的な質量を持つ重力球だ。纏わりつく紫電は近付いて来る物質を砕いて呑み込めるようにする歯の役割だろうな。そうして、邪魔者を消しながら目標に迫り、爆発して周囲の物全てを消し去ってしまう。
「『質量低下』『羽のように軽く』」
質量を削り、重力を崩していけば、あれは形を保てなくなり、エネルギーを失って消えるだけだ。
「ふむふむ、魔術士という奴ですか……そういえば、あの時もそうでしたね」
「あの時、俺は忠告したよな? 碌に調べもせずに行くなって」
花房はニヤリと笑みを浮かべ、両手を広げながら空中に浮き上がっていく。
「試させてもらいましょうか。異世界を救った救世主と、地球の魔術士……どちらが上かを!」
「その比較は、適切じゃないな」
正確には、異世界を救った救世主同士の対決だ。
「『群狼』『赤熊』『炎獅子』『影虎』『死神』『黒蛇』『闇竜』……」
魔物のような奴らが大量に召喚されていく。宙に浮かび、月光に照らされながら無数の怪物を使役するその様は救世主というより、魔王の類いだ。
「覚醒によって強化されたのは、召喚獣も同じです。超えられるものなら超えてみて下さいよ」
「随分と口数が増えて来たな」
最初はほぼ喋っていなかった花房の口数が増えているのは単に興奮しているからか、それとも段々と洗脳が解けているのか。
「ガァアアアアアアアアッ!!」
「グルゥオオオオオオオッ!!」
「ィイイッ、ィイイィッ!!」
「ォォォ……ッ!」
あぁ、先にこいつらを始末しないといけないな。
「『蒼穹の矢』」
闇夜に向けて蒼い魔力の矢を放つと、それは天高くで破裂し、無数の蒼い魔力の矢に分裂してほぼ平地となった山の跡地全体に降り注いだ。
「グゥウルォォオオオオオオオッ!!!」
「何体か生き残ったな」
群体型の奴らは全員死んだが、巨大な黒い竜とローブを纏って鎌を持った死神のような奴は残っている。
「『滅光砲』」
世界を覆い尽くさんばかりの光量のレーザーが、一直線上に並んだ竜と死神を焼き尽くした。俺は漸く花房に視線を戻す。
「『大結界』『舞裂殺針』『轟天嵐』『死滅壊呪』」
この更地を囲むような巨大な結界が生成され、その中を何かにぶつかる度に分裂する針が跳ねまわり、全てをかき乱すような嵐が吹き荒れ、即死系の異能が列を成して襲い掛かって来た。
「結界は……転移禁止と魔術禁止か」
無茶苦茶だな。既に発動している戦闘術式によって即死系の異能は防がれたが、魔術禁止はかなり面倒だ。
「『付与』『貫通』」
「ッ!」
さっきまでは障壁にカンカンと弾かれ続けていた無数の針が、簡単にそれを貫くようになった。
「ふふ、どうやら現地最強クラスの魔術士でも私には敵わないみたいですね~?」
剣で可能な限り弾き、回避もするが限界はある。既に万を超える数まで増殖している針は俺の体を幾度も貫いた。噴き出した血を嵐が吸い上げ、雨が流し落とす。
「『神術・神化崩界無縁』」
脳を針が貫いていった感触に眉を顰めつつ、俺はニオス戦で使った神力で再現した魔術を使用して結界を崩壊させた。既に千回以上貫かれてはいるが、戦闘術式によって強化された再生能力のお陰で無傷と変わらない。
「こ、これでも死なない……?」
「『滅却の火』」
俺の体から紅蓮の炎が溢れ、飛び回る針を溶かし尽くしていく。ついでに、暴風と雷を撒き散らす嵐すらも焼き尽くした。
「……良いですよ。魔術士タイプなら、近接には弱いって相場が決まってますから」
空中に浮かぶ花房は紅蓮の炎を障壁で防ぎつつ、ゆっくりと地面に降り立っていく。
「『肉体強化』『身体強化』『五感強化』『人間拡張』『硬化』『強筋』『自己強化』『速度上昇』」
一通りの強化を掛けた後、花房は凄まじい速度で俺の眼前まで迫った。