白い雪
白い雪が人の形を成し、少女を蘇らせる。
「ふふふ、凄いねっ! 流石は偽物とは言え老日君……!」
白雪の体が浮き上がり、空気中の魔力が震え出す。
「これだけ強いなら……好き放題暴れちゃっても、良いよねッ!!」
廊下全体がどろりと溶け、マグマに変化する。その身を覆う障壁によって火傷すら負うことは無い筈だったが、直後にさらさらと障壁は崩れ落ちた。
「ッ!」
老日はマグマと化した地面を蹴り、上から降り落ちるマグマを剣圧で吹き飛ばし、上の階に逃れて滅茶苦茶に飛来する氷の槍を回避した。
「ほらっ、どうかなっ! 想像次第でっ、自由自在!」
「こいつ、魔力を……ッ!」
四方八方、施設中のあちこちから植物が伸び、それを回避した先に雷撃が迸る。魔術でそれを防ぐも、次の瞬間には青い炎が老日を呑み込んだ。
「何だ、その力……異能かッ、魔術かッ!」
「本物の老日君の記憶によると、私みたいなのは……」
好き放題に魔力を直接操作出来る存在、それは……
「――――魔法使いって、言うらしいよ!」
老日の周囲の空気が、直接爆ぜた。凄まじい轟音を響かせる爆発は、強化された老日の体を傷だらけに変えた。
「何だ、それは……ッ!」
「ふふふ、やっぱりそれっぽいだけで全然偽物だね! ただ真似てるだけの猿芝居じゃ私には勝てないよ! もっと、本物くらい圧倒的じゃないとっ! 私、あの瞬間が人生で一番驚いたんだからね!? 凄かったよっ、新鮮だった! 危険を冒してでも、もっと覗く価値があるって思っちゃうくらいにはねっ!!」
氷の槍が腕を貫く。炎が皮膚を焦がす。雷撃が頭を撃つ。岩の腕が足を握り潰す。異能とは全く別の場所にある力、それが魔法だ。
「ふふふ、あはははははっ!! 私、絶対怒られちゃうよね!! また気付かれるし、目ぇ付けられちゃうっ! そしたら、どうなっちゃうかな!! 施設の中に逆戻り!? それとも、皆全力で守ってくれるかな!? どうなっちゃっても、ワクワクしちゃうよねっ!! でも、しょうがないよねっ! 私、まだ三歳児くらいだしっ!!」
全ての属性を自在に扱える、世界最高の素養を持つ魔法使いにして、無数の能力を秘めた魔眼使い、おまけに一目見ただけで術の構造を見抜ける程の魔術のセンス。
「ぐ、ぉ……」
それが、白雪天慧だ。秘密の多い彼女ではあるが、今は全てを曝け出さんという勢いで暴れ回っている。
「魔力を集めて……これで、おしまいっ!!!」
老日の全身が、ピシリと氷に変化した。凍り付いた訳では無く、氷になったのだ。白雪はその氷像を砕き割り、満足気に息を吐いた。
「最後に掃除もしとけば、万事オッケーっ!」
凄まじい量の水が溢れ、血塗れになった廊下を丸ごと洗い流す。白雪は満面の笑みを浮かべ、戦闘の気配がする方へと歩き出した。
♢
花房華凛。現れた強敵に、顔の無い少年は先ず支援を求めた。自分が相手をするには、明らかに力量が足りていないことを理解していたからだ。
「『巨拳』」
「『転移』」
半透明な橙色の巨拳。迫るそれが触れるより早く、少年は転移で何処かに消えた。
「『追跡』」
少年の後を追う為に異能によってその居場所を特定しようとする花房。その背後で大きな水音が鳴る。
「……スライム?」
それは、赤い不透明なスライムだ。老日によって戦場に引き戻された粘性体は、少女へと襲い掛かる。
「『巨拳』」
さっきと同じ技を発動し、橙色の巨大な拳を作り出してスライムを殴りつける花房。しかし、スライムはその体を大きく波打たせただけで傷すら無い。
「『重雷球』」
ならば、と放たれるのは紫色の稲妻を纏う無数の黒い球。触れればその周辺を丸ごと消滅させる恐ろしい球体は、殆どの攻撃を無力化してしまうスライムにとっても有効だ。
「『誘電針』」
しかし、それらは花房の首筋に刺さった針に引き寄せられるように動きを変える。
「ッ!」
花房は動揺しながらも自分の攻撃に向けて手を翳す。
「『螺旋槍』」
黒い球は全てを螺旋状に巻き込む透明な槍に吸い込まれ、紫の雷を撒き散らし、小さく爆ぜながら消える。その直後、畳み掛けるようにスライムが飛び込んで来る。
「『跳躍』」
凄まじい勢いで後ろに跳び退き、花房は片手をスライムの方に向けた。
「『大地の刺突』」
「ッ!」
地面から岩の棘が伸び、スライムに向けられた花房の手を貫く。『無痛化』の異能によって痛みは無いが、花房は眉を顰めて岩の棘を砕いた。
「『棘』」
それから、まるで手本を見せるように穴の開いた自身の手から黒い棘を伸ばし、少年を襲った。
「『転移』」
しかし、転移によって逃れる少年。花房は視線をスライムに戻し、分離し射出されたスライムの一部を回避する。
「『重雷球』」
紫電を纏う黒い球が無数に浮かび、スライムに向かって行く。
「『誘電針』」
「『念力』」
その瞬間、花房の首筋に向けて放たれた針。それを予期していたかのように花房は異能を発動し、飛来する針を念力で捕まえてスライムの方に飛ばす。当然、誘導されかけていた黒い球達はまたスライムの方に向かう。
「ッ!」
「『凍結』」
少年に振り向きながら手を翳し、その全身を凍結させる。とは言え直ぐに動き出す少年だが、氷を砕いた瞬間視界に入って来たのは眼前に迫る少女の姿だった。