天慧
俺は流れる映像を見て溜息を吐いた。
「花房華凛……最悪のパターンだな」
捕まってるだけなら兎も角、洗脳までされたか。龍もやられた上に、この分じゃ魔術型も長くは持たないだろう。
「それに、警察勢力も介入してきているみたいですね」
「あぁ、白雪と章野だな。赤咫尾も捕まってるらしい」
赤咫尾燈吉。あまりヘマをしそうな奴には見えなかったが、真っ先に捕まってるってのは意外だな。
「介入の必要はあるだろうな」
俺は目を細め、俺の偽物と戦う白雪を見た。
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老日勇の姿をした男が、ゆっくりと白雪に近付く。
「偽物……なら、凍って!」
「無駄だ」
老日は吐き捨て、凍り付いた世界の中を平然と歩く。
「う、うっそぉ……」
「あの結界が悪さしてるみたいですね……」
老日を覆う魔術の結界。背理の城塞には及ばない代物だが、それでも白雪の凍結を防ぐには十分だった。
「だったら、これは!?」
酩酊の魔眼を行使する白雪。しかし、老日の姿は揺れすらしない。
「撃ちます」
章野が拳銃を発砲する。放たれた弾丸は、簡単に結界に弾かれた。
「全部、無駄だ。アンタらはここで死ぬ」
老日が一瞬で白雪の眼前まで距離を詰める。振り下ろされる剣を、白雪は魔眼で捉えた。
「『天慧解放』」
紙一重で斬撃を避けた白雪。その体には白銀のオーラが纏わりついている。
「全力出すけど……しょうがないよねッ!」
白雪は老日の速度に追いつき、幾度と振るわれる剣を全て避けている。それは、幾重にもかけられた身体強化の魔術と、覚醒した白雪自身の能力だ。
「……何だ、その力は」
「教えてあーげないっ!」
白雪が腕を振るう。すると粉雪が舞い、老日の結界を覆い尽くす。
「ッ、結界が溶ける!?」
「だって、雪は解けるものでしょ?」
雪と共に解ける結界。無防備になった老日に白雪は手を伸ばし、氷の波動を放つ。
「まだだ」
老日の姿が消え、白雪の背後に現れる。しかし、それを知っていたかのように白雪は飛び退きながら現れた老日に手を向ける。
「ッ!」
「凍って」
氷の波動が通り抜ける。その瞬間、世界が血塗れに変わった。
「殺戮劇場……?」
まるで天啓が降りて来たかのように、白雪はその能力の名前を口にした。それを肯定するかのように、無数のナイフが浮かび上がって白雪に向く。
「良し! 取り敢えず、章野君はリーダーを探して!」
「ッ……分かりました」
悔しそうに歯噛みする章野。そこに白雪の手が翳されると、章野は何処かへと消えた。
「焦りはしたが……アンタはもう、終わりだ」
「それは、どうかな?」
放たれるナイフの群れ。その全てが凍て付いて空中で止まる。
「あはっ、ふふ! 楽しくなってきちゃったね……!」
少女が手を上げると、炎を乗せた熱風が吹き荒れ、凍て付いた廊下を溶かしていく。
「氷だけじゃないのか」
「もちのろん!」
結界を再度展開している老日が呟くと、次はこの廊下全体に罅が入り、天井や地面が崩れる。
「ッ、何なんだ……」
「ほら、こんなことも出来ちゃうよっ!」
瓦礫の山の上に立つ老日。その足元から植物が伸び、結界を覆う。
「魔力を吸収する気か……!」
老日はそれに気付き、魔術によって結界を覆う植物を燃やし尽くした。
「これ以上、好きにさせる訳にはいかないな」
何かを求めるように上を向く老日。次の瞬間、白雪は八つ裂きにされ、ただの肉塊となって地面に転がっていた。
「……流石に死んだか」
殺戮劇場の能力により、切り刻まれる結果のみを押し付けられた白雪は確かにその効果を受け、物言わぬ肉塊となった。老日は踵を返し、去ろうとする。
「――――まだ、だよ」
振り返る老日。肉塊が白く細かい雪へと姿を変え、人の形を取っているのが見えた。
「私、まだまだ遊び足りてないよっ!!」
「ッ!」
完全に元の姿を取り戻した白雪に、老日は息を呑みながらも斬りかかる。振り上げたその剣が、凍り付く。いつの間にか結界も消え失せていた。
「折角、久々なのに……足りなすぎるってば!」
「くッ、馬鹿な……!?」
足元から凍り付き、老日は氷像と化していく。
「ま、だ……ッ!」
老日の体を覆う氷が砕けると、白雪は笑みを浮かべる。
「『戦闘術式・劣式』」
慌てたように、ボロボロに再現された戦闘術式が展開される。元の性能の半分も無いようなそれだが、この戦況を好転させるには十分だった。
「『重引』」
「うわわっ!?」
白雪の体が後ろに引っ張られ、体勢を崩したその隙に老日が斬りかかる。しかし、老日の剣は白い雪となって崩れる。
「チッ」
「いッ!?」
老日は剣を諦め、蹴りを放つ。白雪の腹部に直撃し、白雪は壁まで吹き飛ばされた。
「い、いったいなぁ……」
「『烈波』」
追撃するように激しく荒れ狂う魔力の波動が襲い掛かる。白雪は氷の壁を展開し、それを防ぐが次の瞬間には足元から魔力の噴流が溢れ、呑み込まれてしまった。
「ッ、再現が不十分だったのか? もう、限界が近いぞ……」
老日は自身の体を見下ろして呟く。強化を受けた戯典の異能で生み出された老日の偽物と言えど、魂すら無いその体で戦闘術式を再現するのは無理があった。