耐久と魔術
赤い不透明な粘性体が、組織の廊下を隙間なく埋め尽くして這い回っている。金属製の特殊な壁を傷付けることこそ出来ないが、そのスライムのような何かに触れたものは直ぐに溶かされ、呑み込まれてしまう。
「で、出た……こいつだッ!」
「速攻行くぞッ、『赤風』ッ!」
赤い風が吹くと、通った地面が燃え上がり、そのままスライムも燃やす。しかし、スライムを覆った炎は一瞬で消え、スライムの赤い肌には傷一つ付いていない。
「効いてない……ッ!?」
「『釘打機』ッ!」
もう一人の男が手の平を突き出すと、中心辺りから銀色の釘が高速で発射され、スライムに直撃する。しかし、スライムの肌には傷一つ付かず、ボトリと地面に釘が転がった。
「な、何だと……」
「ぐびょぁ!?」
スライムの一部が分離されて発射され、赤い風を放った男に纏わりついた。男は一瞬で全身を溶かされ、スライムに呑み込まれた。
「や、やばいッ」
即座に踵を返し、逃げ出そうとする男。背後から何かが剥がれるような大きい音が鳴り、その直後にスライムが男の方に飛び掛かってくる。
「ぐッ!? あ、足がッ!」
その跳躍によって追いつかれた男は、ギリギリで足を呑み込まれた。バランスを崩し、地面に倒れた男は恐怖に塗れた表情でスライムを見る。
「クソッ、こうなったら……『釘打機』ッ!!」
スライムに溶かされたながらも、その表面に手を当ててゼロ距離から釘を連射する男。しかし、音すら鳴らずに釘は地面に転がっていく。
「う、嘘……だろ……」
赤く不透明なスライムは、絶望の表情を浮かべる男の頭を呑み込んだ。
♢
銀色の金属で作られた、顔の無い少年。良く見ると無数に小さく穴の開いた黒い髪が僅かに逆立っているのは、与えられたアンテナとしての役割を果たしている証拠だ。
「敵性体、発見」
少年が足を止め、壁の方に手を向ける。
「『魔力の沸騰』」
壁越しに悲鳴が響き、体のあちこちが溶けて爛れた男の死体が出来上がった。
「……敵性体、接近」
超濃縮された魔力水が血液代わりに満ちた銀色の少年。固有魔力変換機によって生物に近い自己魔力を形成し、より魔術士に近い形で魔術を発動する特殊なゴーレムだ。
「やっと見つけたぜ、クソガキ」
「こんな奴、プローデに作れんのか? ゴーレム系にしか見えねぇが」
「良いからやるぞ。得体の知れない敵に時間をかけたくない」
現れたのは三人の男。彼らは黒い仮面を除く構成員の中では最も優秀とされる、ディセーブル直属の配下達だ。
「『紫煙刀』」
「『隆起』」
一人の男の手に紫の煙が集まって出来た刀が握られ、少年の周囲の壁と地面が隆起して棘のようになり、少年を貫こうとする。
「『転移』」
少年は隆起した棘を避け、突っ込んで来る男を見て転移を発動した。
「『吸引』」
「死ねッ!!」
「『曳火爆発』」
少年が手を上げると、手の平から小さな物体が射出され、空中で赤い光と共に爆散する。そこから四方八方に撒き散らされた極小の赤い弾が物体に触れた瞬間に爆発し、少年以外の全てを破壊していく。
廊下を傷だらけにし、一帯を黒く焦がしてしまったその爆撃だが、肝心の敵を吹き飛ばすには至っていなかった。
「危ないな……ギリギリ吸引は間に合ったが」
「考えている暇はねぇ。やっぱり、相当危険だぜこのクソガキ」
「俺も妨害は続けるが、いつまでもは続かねぇぞ」
少年を襲い続ける隆起の異能。しかし、いつかは必ず限界が来る上に、相手がどんな手札を持っているかも分からない。
「作戦だ。俺が合図したら、隆起させた壁を一斉に引かせろ。そんで、吸引で俺と敵を引き寄せてくれ。そうしたら、俺がこいつでガキを斬る」
男の手に握られた紫煙の刀が揺らめき、その粒子が散る。
「……今だッ!!」
隆起した壁や地面が一斉に巻き戻り、少年と男が凄まじい勢いでお互いを引き寄せ合う。
「『閃光魔斬』」
「ッ!!」
少年の手に金属製の刀が握られ、男の持つ紫煙刀に合わせるように振るわれる。
「ッ、死んでも殺すッ!!」
紫煙刀が揺らめくと、それは少年の刀を擦り抜けてそのまま進んでいく。結果、お互いの斬撃がお互いに直撃する結果となり……
「敵性体、排除」
「ぐ、ぉ……ッ」
少年の体には傷一つ無く、男は真っ二つに切断された。擦り抜ける刀の力を利用して少年の体内から傷付けようとした男だったが、内部も金属や魔物の素材で作られている少年は、体内だろうと関係なく硬かったのだ。
「ッ、どうすんだ!?」
「逃げるに決まってる! 『隆起』!」
「『転移』」
少年との間の道が隆起によって塞がれるも、少年は転移によって二人の前に現れる。
「ッ!」
「『熱線』」
突き出された指先から無数に枝分かれ放たれる橙色の熱線。避ける隙間も無い攻撃に、二人は体のあちこちを焼き貫かれる。
「ぐッ、『隆起』ッ!」
熱線が動き、二人の体を切断しようとした瞬間、壁や地面が隆起して再度両者の間を塞いだ。
「『魔力の沸騰』」
「ぐぼ、ぅ、ァ……ぎ、ォ……」
「なッ、どうやって!?」
片割れが溶け爛れた死体に変わったのを見て、混乱する男。その背後に少年が立つ。
「がッ!?」
振るわれた拳が男の頭を破砕し、血だまりを作り出す。こうして三人は、少年によって死体へと作り変えられた。
「周辺敵性体、全排除」
少年は顔の無い頭を黒焦げた道の先に向け、次の敵を探して歩き出した。