笛吹き男
天能連は混乱と興奮の中に居た。それは大規模な戦力である花房華凛の確保とその直前の襲撃、そして赤咫尾燈吉による花房華凛の奪取、最後に失敗に終わった老日への襲撃が原因だ。
「次の襲撃のメンバーはどうなるんだろうな。相当人数をかけるって話だったけどよ」
「スモークさんから聞いた話じゃ、手も足も出なかった上にトーピードもスネークもやられたって……相当やべぇよこりゃ」
話している二人の間に、道化師のような服装をした男が現れる。青い目を持つ若い男は、にやにやと笑いながら、二人の肩に手を置いた。
「やぁ、お二人とも。そろそろ、気を付けた方が良いよ?」
「は? えぇと、何がでしょうか」
男の名はクラウン。黒い仮面の一人でありながらも、滅多に姿を現すことは無い奇妙な存在だ。
「襲撃が来るよ。このままじゃ壊滅的な被害を受けそうだから、忠告しておいたのさ。黒い仮面の皆にも伝えといてね」
「襲撃って、誰から……そもそも、忠告って俺達に任せないで下さいよ! 俺が言うのとクラウンさんが伝えるのとじゃ、全然信頼性が違うでしょう!」
抗議する男に、クラウンは笑った。
「くふっ、悪いけど僕は少し自由に見ていたいからね……あんまり、拘束されるのも困るのさ」
それじゃ、と言い残すとクラウンの姿は煙と共に消えた。
「何なんだよマジで……ていうか、面倒くせぇ」
「クラウンは黒い仮面の中でも一際様子がおかしいって話だからな。アレに苛ついてもしょうがないし、さっさと伝えに行くぞ」
仕方なしと言った様子で伝えに行く二人。猶予は、残り五分と言ったところだろうか。
そして、遂に発見された。山の麓に現れた化け物達、そしてそれを引き連れる天能連のメンバーだった筈のプローデの姿が。
「敵襲、敵襲だ! 全員、指示に従えよー!」
「どっから入られる? そもそも、防衛ってどうやるんだ?」
突然の事態に混乱自体はあるものの、不安や恐怖を覚えているものは少ない。それは己の能力や組織に対する自信からだろう。
『聞こえていますか? 黒い仮面のシェアです。現在、この拠点を包囲するように怪物の群れが迫ってきています。ボヤンが確認したところによると、西側に戦力の七割が集まり、残りの三割が残りの場所に分布されている形のようです。総数は百に届かない程度、怪物の指揮を取っているのは行方不明となっていた生物作成の異能を持つプローデに見えます』
「マジか? プローデが裏切ったってことか?」
「いや、有り得るか? アイツ、そんな大それたこと出来るタイプじゃねえだろ。それに、このレベルの襲撃を起こせるような力を持ってたようにも見えなかったぞ」
「案外、分かんねえよ。今までは潜入して情報だけ抜き取ってたのかも知れねえしな。本性を隠して潜伏して、死んだフリをして戦力を蓄えて襲撃って考えるとそこまで不自然でもねぇ」
プローデを知っている者は首を傾げるが、そうでないものはプローデが犯人だと早々に決めつけている。しかし、彼らに考察の暇は無い。
『それぞれ直轄の上司の命令に従って貰いますが、現在誰の管理下にも居ない者や上司が不在な者はホールに集まって下さい。また、今後も私の異能によって全体への指示は継続されます』
「じゃあ、取り敢えず俺はスモークさんのところに行ってくるわ」
「俺はトランさんだから、後でな」
それぞれが上司の下に向かい、指示を仰ぎに行く。この時点では誰も焦ることは無く、冷静に動いていた。
♦……side:プローデ
もう、ここまで来ると逆に楽しくなってきたな。支配されて無理やりやらされていることだが、寧ろ晴れやかな気分だ。
「見ているか」
組織への不満も、死ぬ前に好きなだけ晴らさせて貰おう。特に、組織への忠誠心を薄っすらと植え付けていたらしい魔術印の存在には腹が立つ。アレの所為で俺は最後に自爆なんてさせられかけたんだ。
「俺が笛吹き男だ」
アイツから押し付けられた汚名だが、中々悪くない。思えば、今までこうして全てを解放するようなことはしてこなかった。常に何かから抑圧されていた。
「見えてるか、プロージ」
今どこに居るかも分からない、爆弾使いの相棒に言葉を投げかける。
「残念ながら敵は取れねぇが、冥途の土産に天能連くらいは持っていく」
この襲撃がどうなろうと俺は死ぬが、どうせ死ぬなら楽しんで死んでやる。
「行け、化け物共。全部ぶっ壊せ」
黒曜石のような肌のオーガに似た化け物が山に拳を叩き込む。それだけで空気が揺れ、山の表面が爆発したかのように吹き飛んでしまう。
「穴を開けろ」
露出したアジトの壁に、巨大なイカの化け物がドリルのような物が付いた触手を近付け、凄まじい回転音と共に壁を破壊した。
「ハハッ、気分爽快だな」
俺は怪物どもを先行させ、アジトの中に乗り込んだ。
「さぁ、このまま全部ぶっ壊して――――ッ!?」
視界が、ズレる。何だこれ、体が……分かれ、た?
「意外とあっさり行けたな」
そう、か……切断の異能……俺の目の前まで転移で飛んで、俺を斬ったのか……!
「一応、これで司令塔は死んだ筈だが」
灰色の髪の男、レンドが冷静に呟くのを最後に、俺の意識は黒く落ちた。