殺気
黒い雷球が消え、俺は視線を花房に戻す。
「帰って来たのはいつだ?」
「三日前くらいです」
死ぬ程最近だな。だが、それなら俺の考えとも整合性が取れる。おかしいとは思ってたんだ。だが、
異界接触現象。俺個人の異世界召喚だけでここまで均衡が崩れる程の異常事態が起きるのは、はっきり言って不自然だ。それに、俺の世界には異能なんてものは無かった。だから、まさかとは思ったが……同時だったんだ。
「えぇと、それがどうかしたんですか?」
同時に二つの異世界転移が起こった。クラスファイブの異界接触現象は、それが原因だろう。異界接触現象は、時空の揺れだ。同時に発生した二つの転移によって発生した揺れは共鳴しあったのか知らないが、揺れを増幅してここまでの惨事を引き起こしたんだろう。
「……あの?」
「すまん。いや、聞いただけだ」
これを教える必要は無いだろう。教えたところで、責任感を感じるだけかも知れない。
「それで、異世界ってのはどんな世界だったんだ?」
「何て言うんですかね……中世風な感じでした。違う大陸を支配してる悪い王様が居て、魔王って呼ばれてたんですけど、その人を倒して貰う為に私が召喚されたんです」
「魔術はあったか?」
「多分、無いです。私は聞いたことも無いですね」
となると、やはり異能側の世界か。魔術は俺の世界から流れ、異能は花房の世界から流れてきたんだろう。
「魔物とかは居たか?」
「んー、こっちの魔物とはちょっと違いますけど、一応?」
曖昧な言葉に、俺は続きを促した。
「二種類あって、異能によって作り出された怪物と、異能が宿って魔物のようになった動物、あとは異能因子を暴走させられちゃった人も、魔物みたいになっちゃいますね」
「異能因子?」
「こっちだと何て言うか知らないですけど、魂に結び付いて異能を芽生えさせる粒子的なものらしいです。物質的には存在してないとか、良く分からない説明しかされなかったので私も詳しくは知りません」
「……なるほどな」
あの魂の染みのようなものが、情報の集合体こそが異能因子なのかも知れない。それか、アレは既に結び付いた後だからニュートラルな状態からはかけ離れているかも知れないが。
「アンタはどうやって異能を手に入れたんだ?」
「異能因子を植え付けられて目覚めました。私が強い異能を手に入れられることは異能で知ってて、私を選んで召喚したらしいです」
なるほどな。そういえば、召喚も異能なのか。
「アンタが持ってる異能はどんな能力なんだ?」
「さっきのは、凄い威力のエネルギー弾的な奴です。当たると跡形もなく消し飛びます」
そんなのを気軽に出してんじゃねえよ。しかし、さっきのは……か。あの情報を流し込んだ奴と言い、他にも能力を持ってそうだな。
「ていうか、そろそろそっちも情報を下さいよ! 私、結構話しましたからね?」
「確かにな」
これだけの話を聞けたなら、天能連の情報も渡して良いだろう。
「今から話すが……単騎突撃みたいなことはやめろよ? こっちの奴らも強い奴は強いからな」
「正直、私はかなり強いですけどね」
まぁ、話を聞くにこいつも魔王的なのを倒して帰って来た別バージョンの俺みたいなもんだろうし、大丈夫そうではあるが、ただ火力一辺倒で搦め手には弱そうな異能に見えた。もしもは考えておいた方が良いだろう。
「それで、天能連についての情報だが……先ず、構成員は五百人程度。その内、二百人くらいが異能者で、残りは普通の人間だ。ただ、普通の人間と言っても魔術士も居る。気を付けた方が良い」
「おぉ……ちゃんとした情報ですね」
この部分で嘘を吐いても仕方ないからな。
「それで、上層部……というか、幹部は黒い仮面と呼ばれて一線を画する異能者が集まっているらしい。斬撃使いとか、炎使いとか、色々な」
「黒い仮面、なるほど」
敵の異能について詳しく聞かない辺り、襲撃をかける気は無いのか……それとも、相当な自信があるのか。俺の予想は後者だが。
「それで、敵の本拠地とか……分かります?」
「そこまでは知らん」
首を振った俺に、花房は残念そうに頷いた。
「そうですか……分かりました。ありがとうございます!」
「……あぁ」
やけに潔いな。何かで情報を抜かれたか?
「おい、行くなよ? 行くにしても、ちゃんと調べてからだぞ? 罠とかあるかも知れないからな?」
「大丈夫です大丈夫です。私、今まで苦戦すらしたことないですから」
……そう、なのか。
「正直、異世界もちょろかったですし、こっちも余裕――――」
漏れ出した殺気。花房の表情に初めて本気の恐怖が走る。
「ッ、な……」
「…………悪い」
俺は吐き出しきれない感情を抱えたまま、その場から逃げるように消えた。
♢
家に帰り着いた俺は、溜息を吐いていた。
「……ミスったな」
正直、苛ついた。逆だったなら、とは思わない。だが、俺が苦労して歩いた道の横を、簡単そうに走り抜けていったアイツに、どうしようもなく苛立った。
「俺が、悪いな」
苦労して欲しかった訳じゃないが、それでもああやって楽勝そうに語るのは許せなかった。だが、それは俺の都合でしかない。アイツは俺のことは知らないし、まだ高校生のガキだ。
ただ、どうしても死んでいった奴らを愚弄された気になってしまった。
「主様、どうされましたか?」
「いや……ミスをした。色々とな」
逃げるように去って来てしまったが、天能連を襲いに行けないように魔術で制限くらいかけるべきだった。それか、責めて動機でも聞いておくべきだった。
「まぁ、大丈夫だ……作戦を少し早めれば、良い」
花房が天能連のアジトに行くよりも先に、俺達が天能連を潰せばいいだけだ。
「いつにしますか?」
「明日だ」
メイアの問いに俺は即答した。流石に、花房も今日の内に襲撃はしないだろう。
「それと、素材は入れといてくれたか?」
「はい、そこまで多い訳では無いですけど、傷は付けて無いです」
俺はメイアに礼を言い、魔術を発動した。
「さて、作るか」
目の前に現れたのは、真っ黒い世界に石畳の地面が無限に広がっていくような殺風景。ここで素材を加工していく訳だ。