もう一つの力
五級異界。俺が立っている海岸沿いのここは、この異界の中でも最も危険な場所だ。理由は海の魔物と森の魔物に挟まれ、森からも海からも視認性が良いからだ。この海岸は、この異界の魔物が最も馬鹿で殺しやすい獲物を捕まえる為の狩場になっている。
「外傷無しで殺さないとな」
居るだけで大量の魔物に襲われるここは、俺の目的を果たすのに最適だった。
「解除」
透明化を解除し、気配も悟られるようになった。これで、少しすれば向こうから襲い掛かって来るだろう。
「来たな」
周囲に人の気配も無い。さっさと始めよう。
「『電撃陣』」
俺の足元を中心に黄色く光る魔法陣が展開される。先ずは森の方から赤い皮膚のゴブリンが群れを成してやってきた。
「グギャッ、グギャギャ!」
「グギャァッ!」
「グギャーッ!?」
先頭のゴブリンが陣の中に入り込み、電撃を食らってバタリと倒れる。俺はそのゴブリンに手を触れ、回収する。
「グ、グギャ……ギャギャ!」
「グギャギャ? グギャ!」
その様子を見ていたゴブリン達は黄色い陣に近付かないように足踏みしている。相当警戒しているようだ。
「残念だが、手遅れだ」
黄色い陣が広がっていき、一瞬でゴブリンの群れを呑み込んだ。一斉に電撃がゴブリンを襲い、全員が同時に倒れた。
「次は……」
「グルルルルッ!」
鉄の皮膚を持った熊が電撃を無視して陣の中に入り込んだ。そのままこちらに走り込んで来たので、魔術で心臓を止めて殺した。
「ヒュォオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
「次は海か」
海の中から巨大な細長い青色の魔物が飛び出して来た。翼の生えた蛇のような見た目のそれは、宙を舞いながらこちらに落ちて来る。
「『冥死線』」
黒紫色の光線が海の魔物を貫くと、俺の横に大きな死体が一つ転がった。
「まだまだ足りないな」
警戒するようにこちらの様子を伺っている魔物達に、今度は俺から襲い掛かった。
狩りも一段落し、誰も俺に近付かなくなった頃、何かがそこに居ることに気付いた。
「アンタ、誰だ?」
「凄いですね、何者ですか?」
空中で姿を現したのは、高校生くらいの少女だ。服装はカジュアルなもので、制服では無い。
「俺が先に聞いてるんだが」
「私は……そうですね、メシアとでも呼んでください」
呼びたくないな、普通に。
「それで、貴方は?」
「俺は……老日だ」
相手がメシアを名乗るならヒーローでもブレイブでも良かったが、同じレベルに落ちるのは嫌だったのでやめておいた。
「私、異界に来るのも初めてでこっそり見てたんですけど……特殊狩猟者って皆このくらい強いんですか?」
「皆ではないだろうが、同じくらいのことをやれる奴は割と居るだろうな」
頷きながら、メシアを名乗る女はスーッと空中から地面に降りてきた。
「ところで、天能連って言葉に聞き覚えは?」
「あぁ……」
何だ、敵か。
「アンタこそ、天能連の何を知ってる? メンバーか?」
「ッ、雰囲気変わりましたね。やっぱり何か知ってるってことですか?」
いや、違いそうだな。単純に天能連について嗅ぎ回ってる変な奴か。メシアとか名乗るってことは、宗教的な何かか?
「天能連について教えてやっても良いが、先ずは名前くらい聞けないと話す気にはなれないな」
「鈴木洋子です」
表情は変わっていないが……鎌をかけるか。
「次に嘘を吐いたら二度とアンタと話すことは無い」
「……花房華凛です」
やっぱり、嘘だったか。
「それで、何を教えてくれるんですか?」
「先ずは、何故知りたいかを話せ。情報を悪用しようとするような奴に情報は渡せない」
「話せば長くなるんですけど……」
花房は溜めを作り、少し悩んでから口を開いた。
「――――私、異世界から帰って来たんです」
何だと?
「異世界から、帰って来た……?」
「信じられないかも知れないですけど、本当なんです。証拠に……ほら!」
花房が差し出した手を取ると、脳内に映像が流れ込む。それは、花房が実際に異世界に召喚される瞬間の映像だった。
(中世……時代は俺の方の異世界と同じくらいか?)
同じ世界では無いだろう。同じ時代で他に召喚された勇者が居れば、絶対に気付く筈だ。それに、他の勇者を呼べる程の余裕は女神には無かったように思える。
「……それは、何年前だ?」
「こっちだと三十年前みたいですね」
同じだ。ピッタリ、同じだ。
「……年齢は見た目通りか?」
「え? はい、そうですけど……高校一年生で飛ばされて、異世界で一年ちょっとくらい過ごしたって感じです」
なるほどな。俺とは若干ケースが違うな。
「……待てよ」
そこで、俺は一つの可能性に思い至った。
「アンタの世界には、異能があったのか?」
「そうです。こんな感じに」
花房の周囲に無数の黒い球が浮かぶ。紫色の雷が走るそれらからは、凄まじいエネルギーを感じられる。
「それが何の異能なのかも気になるが……やっぱり、そうか」
異能、魔術。二つの力。それらはやはり、それぞれ別の世界から齎されたものだったらしい。
 




