黒い仮面
レンドに続いて会議室に入ると、他は全員が揃っているようだった。そこに居るのは黒い仮面と呼ばれる幹部のみで、俺も最近その一員となった。
「失礼します」
「座れ」
細長いドーナツ型の机を囲む十数人、その最奥に座る黒いスーツの男が言った。
「集まったな」
男は……ディセーブルは、静寂の中話し始める。
「簡潔に話そう。こちらを探ってきている老日勇達への攻撃は失敗に終わった」
天能連のボスであるディセーブルが告げると、ざわざわと小さい声が会議室に広がる。
「ハァ? 失敗に終わったってよォ、誰が担当したんだよそりゃァ? ミスるならオレにやらせろって話だよなァ!?」
「ッ!」
声を荒げる赤髪の男、ブレイズ。俺は息を呑み、視線を逃がしそうになるが、何とか冷や汗を垂らすだけに留めた。
「安心しろ、次はお前も担当だ」
「おッ、マジか!? っしゃァ!! 流石はボスだなッ、話が早えぜッ!」
ブレイズはひとしきり喜んだところで眉を顰めた。
「お前、も?」
「そうだ。敵は強大だ。本当なら総出で当たりたいところだが……お前と他にも数人の幹部で協力して当たってもらう」
「そんなにかァ? 一瞬で異能持ちを十人くらいぶっ殺したってのは聞いたがァ、オレよりつえぇってこたァねぇだろ?」
「……それどころではない。ステラとメイアは最低でも準一級相当、鴉は良く分からんが、老日勇は確実に一級以上の実力がある」
準一級以上が二人に、一級以上が一人……こんな奴にあのクソ共で挑まされたのは俺が可哀想だろ。
「メンバーは暫定だが、お前とレンド、そしてボヤンだ。状況次第ではスモークも参加する」
「えぇッ、僕は~!?」
「仕事を終わらせたら参加して良い。遊びたいなら本気で任務に挑むことだな、ルイン」
黒と白の髪が入り乱れる女のガキ、ルインは抗議するようにディセーブルを睨んだ。
「む~、久し振りに面白そうだったのに……ま、良いよ! こんな雑魚任務さっさと終わらせちゃうからさ!」
「あぁ、励むと良い。老日勇の処理に関しての話はこれくらいだ。戯典の方は問題なく進んでいるな?」
「勿論ですよ。安心してお任せ下さい」
ディセーブルは頷き、そして俺の方に視線を向けた。
「最後に、この黒い仮面の一員となったボヤン。お前もこれからは真の意味で我々の仲間だ。そして、老日勇の対処にはより強い戦力が必要になる」
「……えぇ」
そう言うと、ディセーブルはどこからともなく真っ黒い仮面を取り出し、俺に渡した。
「被れ」
「……はい」
話は聞いている。被ればたちまち異能が強化されるという仮面だ。幹部達の呼称である黒い仮面もそこから来ているらしい。
「どうした? 早く付けろ」
「……付けます」
だが、黒く反射の無い、顔の無い仮面はどうにも俺の不安を煽る。それでも、付けるしか道は無い。
「ふ、ぅ……」
大丈夫だ。大丈夫な筈だ。ここに居る奴らは、全員が仮面を経験しているんだ。俺だけ死ぬなんてことは、無い。
「ッ!? なッ、んだ……こ、れ……」
仮面を顔に近付けた瞬間、それは吸い付くように俺の顔と融合し、そして目を閉じた筈の俺の視界に様々なものを投影した。
「顔……? いや、黒いファラオ……男……女……?」
それらは、全てがこちらを見ていた。瞬時に切り替える映像、残る記憶は全てが残像のようだが、それでも不思議と頭に残る。
「子供……大人……? い、や……違う……」
人間、獣、スフィンクス、像、そして最後に映ったのは……
「ハッ、ハハッ! ヒヒッ、ハハハハハッ!!」
怪物だ。怪物だ。怪物だ。狂気に満ちた、アレは、怪物だ。ハッ、ハハッ!
「ハハハハハハハハハッッ、ハッ、ヒッ、ヒヒッ、ハハハッ!!」
あぁ、笑ってる! 顔の無い怪物がッ! 俺を見て笑ってるッ! ハハッ、笑ってるッ、笑って……
「――――ッ!?」
仮面が、ボトリと地面に落ちた。
「なん、だ……今の……」
「どうした、幻覚でも見たか?」
何だ? 良く、思い出せない……俺は、何を見た? 何を、何を……何で、覚えて無いんだ? どうして、この体の底からするような寒気だけが残ってるんだ?
「異能の調子はどうだ?」
「……これは」
そこで、気付いた。明らかに異能の様子がおかしい。調子が悪いんじゃない。寧ろ、その真逆だ。
「前よりも、見える。いや、見えるだけじゃない……」
俺の異能、千里眼の力は見えるだけだった。だが、今は違う。聞こえるし、感じる。
「どうやら、成功したみたいだな?」
「あ、あぁ……成功しました、ね」
ディセーブルは満足気に頷き、席を立った。
「よし、これで会議は終わりだ。皆、出て行って良い」
「うぃーっす!」
「それでは、失礼します」
口々に言葉を吐き捨て、幹部達が出て行く。俺も最後に黒い扉から外に踏み出した。
「……神よ、これでよろしいのですね?」
部屋を出る直前、強化された俺の異能がディセーブルの不穏な言葉を捉えた。