復讐劇
装備自体は軽装で、金属製の胸当てをしている程度だが、髪は宝石のように輝く糸で纏められ、胸当てには黄金のブローチが無数に埋め込まれている。また、瞼の上には小さな宝石がピアスのように七つ並んでいる。
「魔術、使えるのか?」
無数の黄金や宝石は魔術の為の代物だろう。しかし、異能によって生み出されたものが魔術を扱えるのかは分からない。魔力自体は感じるが。
「薄々察してんだろぉ? 使えるに決まってんぜぇ!?」
男の髪を纏めている宝石の糸が虹色に輝きながら髪を離れ、こちらに飛来した。
「そうか、面倒だな」
俺は宝石の糸を躱し、突き出された槍を弾く。その瞬間、背後から凄まじい速度で刀が振り下ろされた。
「解除されたか」
『ここは私の領域内だ。好き勝手出来るとは思わないことだ』
デバフの解除も出来るって訳か。益々面倒だな。
「まぁ、もう良いか」
『何が良いかは知らないが、こちらも殺戮劇場の真骨頂を見せてやろう』
俺が戦闘術式を解放しようとした瞬間、全身に悪寒が走った。
「『超過魔力防御』」
咄嗟に魔力を防御に変換し、そのまま戦闘術式の展開に意識を向け――――
「ッ!」
一瞬で防御が破られ、俺の体には無数の切り傷が付いていた。周囲には欠けたり砕けているナイフが幾つも地面に転がり、胸には風穴が空いている。
時間停止か? いや、有り得ないな。だが、現象的にはそれに近い。
まぁ、考えるよりも先にやることがあるな。
「――――戦闘術式、展開」
このクソみたいな茶番を、さっさと終わらせてやろう。
「はッ、ハハッ……すっげぇな……マジ、異次元過ぎねぇ?」
『ッ、もう一度だッ!』
周囲の景色が僅かに変わる。刃物が無数に散乱し、咲良とクーフーリンの位置が動いている。だが、俺に傷は無い。代わりに戦闘術式が防御した攻撃を記録している。
「なるほどな」
『馬鹿な……無傷だとッ!?』
タネが分かった。これは時間停止に似ているが、そうじゃない。一種の改変能力だ。
「仮定をそのまま結果として押し付けられる……ってところか」
「『雲珠桜』」
桜色の闘気が雲のように押し寄せ、その隙間から白刃が閃く。俺はそれを的確に見極め、弾いた。
「何秒程度で計算されてるのかは知らないが、つまり……」
「『冬桜』」
白みを帯びた桜色の斬撃が俺を呑み込み、その後を氷漬けにしていくが、俺にダメージは無い。
「アンタらは、無防備な俺すら殺せないってことだ」
『ッ!!』
こいつの能力は、敵だけが動いて俺を攻撃した際の仮定を実際の結果に変換するという実質的な時間停止能力だ。だが、それを使われても障壁が割れてすらいないということは……どう足掻いたって、俺を殺すことは出来ないって意味だ。
「それと、だ」
振り下ろされる刀を弾き、背後から突き出された槍を掴む。
「俺がこれだけ時間を掛けたのは、単に咲良を思いやったからじゃない」
『……なら、何だ』
多少雑でも、もう少し簡単に行動不能に陥れることは出来ていた。だが、それでもここまで長引かせたのは……
「――――アンタを見つける為だ」
暗い上映室の中、巨大なモニターに照らされる男の前に俺は現れた。
「な、な……」
目を見開く男に、俺は剣を突きつける。
「逃げようとしたら殺す。強制契約だ」
「ッ!? くッ、な、何なんだ……ッ!? 何をッ、どうやったッ!?」
魔術に対する抵抗力は殆ど無いな。本当に異能頼りの奴だったらしい。
「先ずはあの英雄擬きを消せ。そして咲良の洗脳を解け。それから、俺の仲間も解放しろ」
「くッ、クソ……!」
俺は屋敷内を映し出すモニターを指差して命令した。この魔術はそこまで強い支配力を持つわけじゃ無い。ただ、相手が恐怖や不安を覚えていれば逆らわれることは無い。
「まぁ、ぶっ殺しても良いんだが……」
こいつの被害者は沢山居るんだ。勝手に殺して闇に葬っても報われない奴は多いだろう。ある程度苦しませた後、俺の記憶を消して自首させよう。
「数える必要は無いが……アンタの罪の分だけ、苦しむと良い」
「な、何を…………ぁ」
死霊術に近いからな、あまり好きじゃ無いんだが。
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?」
「恨みを晴らす機会を与えるくらいは、してやっても良いだろ」
無念に満ちた怨霊が、復讐を願う亡霊が、どこからともなく集まって、同じだけの苦しみを戯典へと与えていく。
「気が済むまで、待ってやる」
「ァアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
俺は上映室の隅に座り、目を閉じた。




