事件
カイネ何ちゃらとかいう列車に乗っての旅、一泊二日の内の一日目は終わりを迎えようとしていた。
「今日は楽しかったですね、主様!」
「あぁ、これだけ穏やかな日は久し振りかも知れないな。何というか、漸く日本に帰って来たことを実感した気がする」
安定した人間の文明による高度なサービスは、俺をただの日本人であることを思い出させた。
「鬼押し出し園は凄かったですね。面白い景色でした」
「意外と感情豊かだよな、ステラ」
「意外ですか?」
「あぁ、ホムンクルスは感情が希薄なものが多いんだが……ステラは表情自体は動きづらいが、感情は豊かだ」
俺が言うと、ステラはフッと笑った。
「だとすれば、それはマスターの所為でしょう。感情が希薄なホムンクルスが多いのは、単純にその方が便利で効率が良いからかと思います。それでも私に人並みの感情があるのは、他でも無くマスターがそう創ったからです」
「まぁ……そうか」
無意識にそうしていたのかも知れない。俺は割と人間味がある奴が好きだからな。
「さて、俺はそろそろ寝る」
「おう、また明日な」
「おやすみなさいませ、主様」
「お疲れ様です、マスター」
俺は軽く手を振り、部屋の入り口の方から二階へと上がる。そこも頭がぶつからない程度には天井が高く、四つ並ぶベッドの距離は殆ど触れ合っているというほどに近いが、部屋全体としては狭い感じはしない。
「端は貰うか」
俺は端のベッドに寝転がり、頭の横に来た小さい窓のブラインドを開け、夜の景色を眺める。もう少しで電車は止まり、次の日の朝まで動かなくなるらしい。
それまでは、窓から見える景色を眺めておくのもアリだし、寝落ちしてしまうのもアリだ。
♦
バーに行く気は無いんだが、一応オレも一目は見ておこうと思って部屋を出た訳なんだが……どこだったか忘れたな。
「カァ、これじゃ鳥頭って言われちまうな」
クソ狭い廊下を通り、歩いて行くと、思いのほか簡単にバーを見つけられた。
「こんにちは、如何ですか?」
「……あー、そうだな。一杯頼む」
丁度客が居なかったからか、目線が合ったオレは仕方なくバーの席に座り込んだ。
「メニューはこちらですが、何も無ければおススメをお出ししますよ」
「なら、おススメを頼む」
かしこまりました、と男は頭を下げ、作業に取り掛かった。
「……ぁ?」
嫌な予感がする。オレのカラスとしての勘が告げている。黒い死の気配を、どこかから感じる。そこまで濃厚なものでは無いが、確かに薄っすらとある。
「出来ました。こちら、オリジナルカクテルの花雅です」
「あぁ、ありがとな」
このカクテルは違うな。目の前のこいつも敵では無いだろう。
「美味い」
「ありがとうございます」
ニコリと笑う男。こいつには悪いが、この状況で酔っ払う訳にはいかないからな。一杯だけで終わりにしておこう。
「幾らだ?」
「いえ、お代は頂いておりませんよ」
乗車料金に既に含まれてるって感じか。
「一杯だけでよろしいのですか?」
少し残念そうに男が言う。俺は席を立ち、少し考える。
「カァ、そうだな……美味かったからな、まだ後で客が居なかったら飲みに来る。ちょいと嫌な予感が――――」
「――――ぎゃぁああああああああああッ!?」
クソ、話してる場合じゃなかったか。
「チッ、勘が鈍ったな……」
まだそこまで危ない雰囲気は感じて居なかったんだがな、遅かったらしい。
「あの、何が……」
「オレも良くは分からん。取り敢えず見に行くぞ」
オレは呆然とした様子の男を連れて悲鳴の聞こえた方に、血の匂いがする方に向かって行った。
「ここだが……」
扉は閉まっている。鍵がかかっていて、開けることは出来ない。
「大丈夫ですか!? 悲鳴が聞こえましたが、無事ですか!?」
扉を叩き、叫ぶ男だが、返答は無い。
「鍵……私が、マスターキーを持っている方を呼んで来ます!」
「分かった。オレはここを見張っておく」
とは言っても、中から気配のようなものは感じない。気配を消している可能性もある以上、唯一の出入り口であろうここを離れる訳にはいかないが。
「殺した瞬間に転移か何かで逃げたか? いや、そもそも……違和感がある」
言葉に出来ない違和感。それは、感じていたよりも早く殺人が起きたからか、この奇妙な状況そのものに対してか。
「カラス、状況はどうですか?」
「全く良く分かんねぇな。だが、中から生きてる気配がしねぇのは確かだ」
ステラは頷くと、扉に手を当てて目を瞑った。
「そのようですね……ん、これは……」
ステラは難しそうに唸っている。
「お客様、お下がり下さい!」
バーテンダーの男が女を連れて戻って来た。どちらも同じ制服を着ている。
「私達が中を確かめますので、申し訳ありませんがそこでお待ちください」
女は扉の鍵を開け、中に入り込んだ。
「……なるほど」
入っていく二人を見て、ステラは呟いた。
『全部、分かりました』
ステラはしたり顔でこちらを向き、念話で伝えてきた。