会長
現れた初老の男。その背後には黒い全身鎧が立っている。
「どうか、落ち着いてくれないかな?」
「明石会長……ッ!?」
箕浦は目を見開き、その男を見た。その横で慌てたように都栖が立ち上がる。
「会長、か」
明石、流石に聞いたことあるな。異界探検協会で一番偉い奴だ。だが、俺はそれよりもその奥に居る奴の方が気になっていた。
「俺は落ち着いてるが……そっちは、随分と禍々しいな?」
俺は男の後ろに控える黒い全身鎧を指差した。禍々しい雰囲気が漂っており、強い呪いを感じる。相当硬そうで、不死性が強そうだ。
『申し訳ない。これは呪いの鎧だ』
くぐもった声が鎧の中から響く。
「大丈夫か? アンタ、まだ人間か?」
『肉体的には、怪しいな』
だろうな。鎧の中身に綺麗な形の人間が収まっている様子は無い。呪いの鎧で外せないと言っていたが、仮に外れてもそのまま死ぬだろう。多分、中身はドロドロだ。
「確か、一級だったよな?」
こくりと頷く鎧は、一級のハンターだ。テレビか何かで見たことがある。
「知っているようだね。彼は黒騎士、普段は私の護衛を任せている」
「護衛か」
全身鎧は明石の後ろに立ち、じっと構えている。隙は見えず、武人としてもかなりの高みに居るのが伝わって来る。
「さて、それよりも……」
明石は箕浦に向き直る。箕浦は息を呑み、思い出したように立ち上がった。
「不当な罰則を与えようとしていると聞いたが」
「違います、会長……私は、彼を正当なランクに、準一級にしようとしただけです。ランクの高いハンターが増えることは協会にとって間違いなく利益になりますし、ハンターにとっても断る理由の無い話の筈です」
「だったら、ただ提案すれば良いだろ? ペナルティや賠償を盾にして、脅迫紛いのやり方で迫る必要がどこにあるんだ?」
箕浦は焦ったように視線を逸らし、その様子を明石は穏やかに見ていた。
「それに、アンタは都栖を生贄にするって話してたろ。それのどこが正当な罰則なんだ?」
「ッ、だから、それは……!」
明石は落ち着かせるように箕浦の肩に手を置いた。
「落ち着いて、ゆっくり話しなさい。大丈夫、君が正しければ私は君に処罰を与えない」
「ッ、わたし、は……私、は……」
上手く言葉を生み出せず、汗を垂らす箕浦。
「何も話せないなら……君が間違っていた、という話になってしまうよ」
「い、え……あの、です、ね……」
震える声で話そうとする箕浦。しかし、弁明の言葉は出ない。
「……ぁ」
明石の手が、箕浦の肩から離れた。
「二人とも、今日のところは本当に申し訳なかった。勿論、ペナルティは取り消され、五級への昇格も正常に行われる。安心してくれていい」
「あぁ……まぁ、帰って良いのか?」
踵を返そうとする俺を、明石が止めた。
「待ってくれ。結局、準一級になる気は無いということで良いのかな?」
「あぁ、ペナルティだとかは関係なく、準一級になる気は無いな」
答えると、明石は残念そうに頷いた。
「そうか……仕方ない。今日は悪いことをしたね。今度、詫びを送っておこう」
「別に要らんが、取り敢えず帰って良いんだな?」
明石が頷いたので、俺は都栖を引き連れて部屋を出た。
♦
二人の出て行った本部長室の中、冷たい空気が漂っていた。
「会長……何故、何故ですか」
「箕浦君。君は知らないだろうが、彼の価値は君の数千倍はあるんだ。絶対に失う訳にはいかない。分かるか?」
絶句する箕浦から視線を外し、明石は黒い騎士の方を向いた。
「どう見えた?」
『間違いなく武術は極めている。それに、そもそも……生物としての格が違う』
「君がそこまで言うのは珍しいな」
『あぁ、鎧が怯えている』
ふむ、と頷くと明石は冷たく息を吐き、箕浦を見下ろした。
「君は降格だ」
「……はい」
箕浦は何とか声を絞り出し、二人が部屋を出て行ったのを見送ると、力なく地面にへたり込んだ。
♦
俺は都栖と二人でファミレスに入っていた。元はそれぞれ帰ろうとしていたんだが、流れでこうなった。
「いやぁ……疲れましたね……」
「そうか?」
確かに、面倒ではあったが。
「でも、良かったですよ。停職にならなくて」
「それはそうだが、そもそもがおかしな話ではあったからな」
これで都栖が停職になる結果になっていれば、俺は更に面倒になりそうなことをしていたかも知れない。
「会長が来て良かったですね。初めて会いましたが、良い人でしたね」
「……良い人、か」
俺が言葉を反芻すると、都栖は首を傾げた。
「何か思うことがありましたか?」
「まぁ……そうだな」
俺は顔を見れば何となくそいつがクソ野郎かどうかが分かるが、明石からは若干その雰囲気を感じた。
「本質的には、多分あの本部長と同じだ。功利主義の人間、俺達を助ける判断をしたのもその方が得だからだろうな」
「どうやってそんなの分かったんですか」
「俺は他人の感情を判断するのが得意なんだが、アイツから優しさは感じなかった」
「全部、打算ってことですか」
俺は頷き、久し振りのオレンジジュースを口に含んだ。少し甘みが強すぎるが、まぁこんなもんだろう。
「まぁ、信用するのは止めといた方が良い。そもそも、あのタイミングで介入してくること自体、俺に恩を売りたかったか、俺が文句を言わなければ出てくることなく準一級にさせていたかのどちらかだろう」
「確かに、凄いタイミングだとは思いましたが……そうですか」
都栖は難しい顔で頬杖を突いた。