鳥居異界
車の外に出てから異界の村を見ても、変わらず奇妙な遠さを感じられる。
「……本当に行くんですか?」
「あぁ、本当に行く」
都栖は溜息を吐き、車の後ろに回ってトランクを開けた。
「準備は出来てるんですね?」
「完璧だ」
俺の装備は二十万くらいしたリュックと腰に差した剣だ。服もハンター用の奴を着ているが、見た目は普通の服とそこまで変わらない。リュックの中には色々とそれっぽいのを入れてあるが、基本的に中身を使うことは無い。
「アースクローラーの皮……リュックは良い奴を使ってるみたいですが、剣はどうですか?」
「これか?」
俺は剣を鞘から抜き、都栖に見せる。
「これは……何ですかね、これ……見たことない素材です」
そういえば、これ異世界の剣か。
「ダンジョンの拾い物だからな。俺も良く分からん」
「なるほど、そういう奴ですか……」
若干欲しそうにしていたので、俺は素早く剣を戻した。
「……行きますか」
「行こう」
トランクをバタンと閉じて、準備を終わらせたらしい都栖は嫌そうに言った。
「その前に……この異界のこと、何も知らないんですよね?」
「あぁ、一切何も知らないな」
言い切った俺に都栖は呆れたような顔をする。
「鳥居異界は廃れた村を中心に発生した異界で、特殊なアンデッド系の魔物が現れます。更に家の中に入るとトラップ的なものが作動し、閉じ込められたり首を縄で絞められたりします」
「ホラゲーか何かか?」
怖すぎるだろう。
「かなり怖い異界ですが、五級の試験としては良く使用される場所です。ハンターとしての精神力や、特殊な状況に対する対応力、そして調査力が試されます」
「普通の異界じゃ試せない部分まで試せるってことか」
こくりと都栖は頷いた。
「でも五級ってことは、純粋な魔物の戦闘能力自体はそこまで強くないってことか?」
「そう、ですね……何というか、特殊です」
なるほどな。まぁ、何でも良いか。
「良し、分かった行こう」
「……はい」
都栖は俺の後ろに下がった。どうやら、見守る態勢に入ったらしい。
「本当に気を付けて下さいね。中で現れる魔物には絶対に触れられないで下さい」
「あぁ」
村に近付いて行くと、景色が不安定に歪み、感じられていた奇妙な遠さのようなものが失われた。
「正に異界に迷い込んだって感じだな」
明らかに空気が変わった感じがする。後ろを振り向くと、停めていた車が無くなっている。それどころか、微妙に景色も変わっている。
「この異界は本当に特殊です。下手に動かないで下さいね」
「……調査力が試されるって話だが、そんなにアドバイスして良いのか?」
俺が聞くと、都栖は視線を逸らした。
「目の前で死なれるのは嫌ですから」
「そうか。助かる」
俺はさっき見たよりも綺麗で廃れていない村に進んでいく。後ろから不安そうな視線を感じるが、気にせず民家の一つに近付く。
「そういえば、どうすれば試験はクリアなんだ?」
「この異界で十分に狩猟が出来ることを証明できれば、です。その証拠として一部撮影させてもらいます」
まぁ、何体か倒せば良いんだな。
「出たな」
民家の一つに近付いた時、そこから一人の中年の男が現れた。まるでただの人間のようだが血色が悪く、視線が定まっていない。
「誰、だ――――」
中年の男を神聖な光を放つ刃が切り裂いた。
「ッ、浄化能力……魔術ですか? いや、これは……」
魔術ですらない、勇者としての能力だ。元は使えなかったが、聖剣を使っている内に素で使えるようになっていた。
「次、行くぞ」
「……はい」
男が出てきた民家の扉に手をかけると、触れた部分がどろりと溶けた。
「ん?」
「危ないですッ!」
溶けて開いた穴から青白い手が伸び、俺の手を掴んだ。
「直ぐに斬り落としてくださいッ、その腕をッ!」
俺は剣で扉を切り裂き、自身の腕を後ろに引っ張って俺の手を掴んだ青白い腕を引き摺り出した。
「な、なな――――」
引き摺り出された女を驚愕の表情のまま真っ二つに切り裂き、浄化した。
「触れられたら力が抜けるのと恐怖で動けなくなる筈なんですけど……」
「あぁ、さっき忠告してくれてたな」
絶対に触れられるなって感じで。
「中を探索するか」
「もう、好きにして下さい……」
中は普通の民家に見える。生活感がかなりある、どこか懐かしさを感じる内装だ。
「異界と言っても、ダンジョンって感じでは無いな」
玄関で靴を脱いで家に上がると、何とも言えない寒気のようなものを感じた。
「……靴、脱がないで良いと思いますよ」
「そうなのか? まぁ、そうか」
日本人としての心が溢れてしまった。
「そこに居るな」
俺が台所の下の棚に近付くと、勢いよく棚が開いてそこから子供が飛び出して来た。
「アァアアアアッ!!」
「お化け屋敷を思い出すな」
飛び掛かった少年を容赦無く切り裂き、消し飛ばした。
「これで、この家は終わりだな」
「そんな、駆除業者みたいな……」
この家の中から感じられる気配は、もう無くなった。