魔法陣の奥
こっちは、疲れてるんだ。肉体的にというより精神的に。
「姿を現すつもりも無い、か」
足下に現れた青い魔法陣からは、青く光る水が触手のように俺の足を拘束している。
「何が目的なんだ、これは……」
次は俺の左右に魔法陣が現れ、両腕を拘束する。まるで磔にされたような体勢になった俺だが、他に何かされている感じは無い。
俺を殺したい訳でも無いようだが、本当に何がしたいんだ?
「おい、聞こえてるのか?」
『あぁ、聞こえたよ』
目の前に、青く光る水で作られたカエルが現れた。
「何がしたいんだ?」
『若星瑠奈を毒牙にかけた君を、僕達は決して許さない』
その言葉が響いた直後、幾つかの魔法陣が同時に展開され、そこから炎の剣や雷の槍が顔を出す。
「つまり、俺を殺したいって話か?」
『君が僕達の要求を呑まないなら、そうする予定だよ』
「要求ってのは、何だ?」
『どうやって、瑠奈を、あんな……アレは、洗脳の類いだろ? やり方を教えろ』
あぁ、こいつ……そういうタイプか。
「気付いて無かったが、割とストレスがかかってたんだな」
『おい、何の話だ』
ストレスがかかったというより、ストレスに気付いたってところか。俺が何者でも無かった頃からの親友である瑠奈と話し、遊んだことで、緊張が弛緩したんだろう。無意識に抱えていたストレスを今、自覚した。
「つまり、俺が苛立ってるって話だ」
無性に、苛立っている。アマイモンとの話も、ストレスになっていたんだろう。幾度も続いた日本の危機、その度に背負わされる重荷。その実、俺が自分から背負いに行っていたんだろうが、貯めこまれたストレスは確かにあるものだ。
『ハッ、何かな? もしかして、脅しのつもりかい? こうして動けすら出来ない君が? アハハッ、気分爽快だよ! 負け犬の遠吠えを聞くのはさぁ!』
だからこそ、今はありがたさも感じている。清々しい程の、悪役が現れてくれたことに。
「――――遠吠えって程の距離には、見えないな?」
俺は、そこに立っていた。暗い部屋の中、たむろする数人の男の後ろに。
「なッ、なあ!? な、いゃッ、ハァ!?」
「な、何で……に、逃げッ、逃げろ!」
「別に、地獄のような苦しみを味わわせる訳じゃない。ただ、単純に……」
俺は逃げようとする男達の動きを魔力だけで停止させ、一人ずつ立たせた。
「一発ずつ、殴らせろ」
記憶が飛ぶくらいの奴を食らわせてやる。
♢
俺はベッドに横たわり、思案していた。
アイツらを叩きのめした後、俺を襲った際の記憶を消し、思考を操作した。俺を見ても何とも感じないように認識を歪め、瑠奈に関わらないようにだ。
だが、結社の魔術士に対して簡単に手を出したことは不味かったかも知れないとも思う。結社の魔術師に見つかれば洗脳の類いは気付かれる恐れがある。正当防衛とは言え普通に犯罪ではあるからな、面倒なことになってもおかしくはない。
「……まぁ、とは言え」
他にどうすれば良かったかと言えば、面倒なやり方しか思いつかない。魔術を使われた証拠を押さえて、警察に提出して、かなり面倒だし今後被害が無くなるかも不安が残る。
やっぱり、殺さなかっただけマシだろう。殺意を向けられた以上殺しても良かったが、まぁ若かったからな。
「いっそのこと……」
本当に好き勝手してみるか? そう考えて、直ぐに取り消した。その後の道は世界の敵になるか、世界を支配するかしか無いだろう。そのどちらも、俺の望むところじゃない。
「寝るか」
まぁ、寝ればどうでも良くなるだろう。ストレスも、ちょっとは発散できたしな。
♢
朝日を浴びて起きると、テレビでニュースをやっていた。
「ニュース見るの好きだな、カラス」
「カァ、そりゃ情報だからな」
「主様、昨日は楽しんだみたいですね?」
「メイア、それを言うなら昨夜はお楽しみでしたね、ですよ」
ジーッとこちらを見るメイアに、ニヤリと笑みを浮かべるステラ。その様子をカラスは呆れたように見ている。
『これで四度目となる劇場殺人が行われました。投稿された動画は既に削除されていますが……』
何か、不穏な単語が聞こえてきたな。
「ほら、劇場殺人らしいぞ。良く分からんがヤバそうだな」
「雑に話を逸らしましたね、主様」
睨むようにこちらを見るメイア。その横で、ステラがテレビの画面を見た。
「劇場殺人、私も噂は聞いています。誰が犯人か気になって少し調べてもみたんですが、全く分かりませんでしたね」
『犯行は異能によるものであると見られており、痕跡すらも見つけられていないとの……』
異能による殺人、厄介そうだな。あのスリの異能を持った子供の時も思ったが、異能による犯罪は魔術よりも厄介だ。
「まぁ、俺には関係ないか」
こういうことは警察に任せておけば良い話だ。