佐藤甘美
現れた白髪の女、佐藤甘美。その正体は悪魔だ。完璧な隠蔽、俺が元勇者でなければそれを見破ることは出来なかっただろう。
「うちの子……? 良く分からんが、逃げるぞ」
「逃げるって、転移を使うの?」
瑠奈の問いに、俺は首を振る。
「剣と炎を捨てる」
「あ、そういうこと!」
俺は剣を投げ捨て、瑠奈も燭台を放り捨てた。瞬間、白い幽霊とゾンビ達が俺達に群がり……
「良し」
「お疲れ様でした~! 今回は残念でしたが、また次回の挑戦をお待ちしております!」
俺達は、出口らしき場所に立っていた。若干暗い空間から外に出ると、夜に落ちた空が俺達を出迎えた。
「危機一髪だったね……!」
「あぁ、だがこれで終わりでも無いだろうな」
あの悪魔は……佐藤甘美は、何らかの目的を持って俺に接触してきていた。敵意を感じたから即逃げはしたが、返せという言葉は気になるな。少しは話を聞いておくべきだったか?
「いや……」
アイツが正体を隠蔽している以上、迂闊なことは出来ない筈だ。瑠奈ですら気付かない程に結社に馴染み、潜伏しているということは……自分が悪魔であるということを隠し通したい理由があるだろう。となれば、街中で俺に無理やり仕掛けて来るようなことは恐らくない。
その点、さっきのお化け屋敷はかなり特殊なフィールドだった。いつの間にどうやって入り込んだのかは分からないが、誰にも邪魔されず、目撃もされずに仕掛けられる絶好の場ではあっただろう。
「アイツが瑠奈に接触してくる可能性もある。気を付けて欲しい」
「殺しに来るかなぁ……師匠にも報告しといた方が良いよね」
確かに、師匠に守ってもらうというのが一番良いかもしれない。
「そうだな。そうして……意外だな」
すっかり暗くなり、閉園の時間が近付く遊園地。人気の無いその道に、ぶわりと二つの影が現れた。
「やぁ、さっきは酷いじゃないか……私から逃げるなんてね」
佐藤甘美と、ペガサスのような馬に跨った白い髪の美青年。さながら白馬の王子のような男は、こちらを一瞥すると直ぐに消えた。
「今の男も、悪魔か」
俺が言うと、甘美は意外そうな顔をした。
「へぇ、良く分かったね。彼の性質は悪魔から――――」
「――――セーレ、だろ?」
俺が重ねるように言うと、甘美は口を閉ざし、ニヤリと笑った。
「随分、詳しいんだね……なるほどね。君は、完全に私たちの敵という訳だ」
「アンタが敵かどうかは知らんが、確かにソロモンの悪魔は俺の敵だった」
あの白馬に乗った悪魔。アイツもソロモン七十二柱の一柱だ。能力は転移。俺達に気付かれることなくあの場所に移動していたのは、セーレの転移能力によるものか。
「そうか……取り敢えず、来てもらおうか」
甘美が指を鳴らす。すると、セーレが再び現れ、その瞬間に景色が一瞬にして入れ替わった。
「白いな」
一面真っ白の巨大な空間。だが、そこが異空間の類いでないことは分かる。何らかの空間魔術が作用しては居るが、現実上の空間だ。
「本当は君一人を持って来るべきなのだが、星天に私のことを話されるのも困るのでね」
佐藤甘美はニヤリと笑い、その身から悪魔の気配を溢れさせる。
「私はアマイモン。東の魔王、司るは大地」
甘美の体が浮遊し、周囲に無数の岩石が浮かび上がる。
「さて、私の可愛い配下を……アスモデウスを返して貰おうか」
「む」
返して貰うって、アイツのことか。アスモデウスはあそこで戦った中で、唯一良心を感じ取れる相手だった。故に、いつか解放しようと魂のまま持っていたんだが……飼い主が居たのか。
「一旦、落ち着いて話し合おう」
「それは、返してくれるということかな?」
「いや、アンタの話による」
「ふむ、却下だ」
アマイモンがパチリと指を鳴らすと、巨大な悪魔が現れた。二本の角を伸ばし、背中からは蝙蝠の羽を生やしたオーソドックスな見た目の悪魔だ。但し、その体長は七メートル程もある。
「セーレ、ガープ。決して逃がすなよ」
「分かっています。アスモデウスは、僕の大事な仲間なので」
「あァ、分かってル」
現れた悪魔は、ガープというらしい。
「さて、始めようか」
「話し合いをする気は無いってことで良いか?」
迫る岩石を、適当に抜いた剣で砕き、その先端をアマイモンに向けた。
「ふふ、話し合いは殺し合いながらでも良いだろう?」
「良い訳が無いと思うんだが」
肉体言語でしか語り合えないタイプか?
「真面目な話をするとね、私は少し焦っているのだよ」
「焦ってる?」
再び迫る岩石の群れ。全てを打ち砕き、チラリと瑠奈の方を見ると、向こうは向こうで戦っているようだった。しかし、隙が無いからか黒星海を展開出来ずに居る。
「得体の知れない君と、強力な魔術を持つ黒き海。話し合い等と言って時間的猶予を与えてしまえば、君には何をされるか分からず、彼女には隙を突いて黒星海を発動される可能性がある」
「契約でもすれば良いんじゃないか? 話し合いの間はお互いを傷付けない、とかな」
俺が言うと、アマイモンは吹き出すように笑った。
「ハハッ、面白いことを言うね。悪魔を相手に契約とは」
「そうだったな」
上位の悪魔は契約自体無効化出来るような手合いも多い。俺が、契約を後から破棄する術を持っているように。
「私が初めに言ったことはね、別に冗談でも無い。君達のような相手ならば、別に殺し合いながらでも話し合いは出来るだろう?」
「……その発想は無かったな」
お互いを牽制する為に、殺し合いながら話し合いをする。流石に考えたことも無かったな。




