アイスランド
日本でも中東でもまともに活躍していないらしいアステラス。だが、その理由も察することは出来る。
「吾輩の魔術は広範囲殲滅特化だからな……街中で繰り出せるようなものでは無いのだ。正直、思い切りぶっ放してやりたかったがな!!」
声がでかいな。
「勿論、何もしておらん訳では無いが……地味な活躍しかしておらんな」
「でも、さっき話にあったアイスランドでは活躍したんですよね? 師匠」
「む、そうだそうだ! アイスランドの話はしておらんかったな。そこら辺の話はどれくらい知っておる?」
「ちょっとしか知らないな」
場所を選ぶロマン兵器であるこいつでも、活躍できる戦場があったらしい。
「ならば、最初から話しておくか」
一呼吸おいて、アステラスは話し始めた。
「アイスランドは、崩壊している。元の国家としての形は完全に失われてしまった」
「滅亡、か」
アステラスは頷く。国の滅亡、向こうじゃ何度も聞いた話ではあったが、こっちだとそう聞かない話だ。
「助けを呼ぶのが難しい島国でありながら、人口密度の極めて低いアイスランドはあっという間に滅亡した。そして、長い時間その島は放置された」
確かに、対策が出来ていない状態であれば異界が一つ発生した程度でも簡単に滅びてしまうかも知れない。
「時が流れ、漸く人類に平和が取り戻されたという時……アイスランドは、異界そのものと化していた」
「異界そのもの?」
「そうだ。誰の管理下にも無いアイスランドには、次々に異界が発生していったのだろう。そして、生存競争でもするように強い異界だけが勝ち残っていったのだろう。結果出来上がったのは、誰も手を付けられない巨大な異界の集合体という訳だ」
「……なるほどな」
聞いただけでもヤバさが伝わって来る。
「世界で最も危険な場所となったアイスランドだが……管理されていない以上、魔物が溢れ出して来る訳だ」
「そうだな」
「そのまま放置していれば世界が滅びる可能性すらある……故に、魔境と化したアイスランドを抑える為に各国から実力者が集まるのだ。吾輩のようなな!」
「……そうだな」
そこまで聞いて、一つ疑問が思い浮かんだ。
「そういえば、同じような条件の国は他にもあったんじゃないのか? グリーンランドとか」
「確かに、滅びて異界と化した島は幾つもあった。だが、アイスランドを超える条件の国は無かった。グリーンランドは確かに条件が揃っている国だが……」
だが?
「南極や北極、海底には強力な異界が発生しづらい傾向にある。というか、そもそも異界自体が発生しづらいのだ」
あぁ、寒地や水中で生きる魔物自体が少ないのが原因かも知れないな。
「故に、氷床の割合が多すぎるグリーンランドはアイスランドのような地獄にはならなかったのだ」
「なるほどな……良く分かった」
日本以外も、割と大変なんだな。これだけやれる奴らが居るなら、ソロモンや大嶽丸の相手を俺がする必要なんて無いと思ったんだが……まぁ、皆忙しいんだろう。ソロモンも大嶽丸も発生して直ぐ俺が殺してるからな。救援で駆けつけようとしたが、既に俺が殺していたというパターンもある。
「まぁ、さっきは言い訳のように言葉を連ねた訳だが、結社全体で言えば割と活躍自体はしている筈だ。富士山の噴火による被害を抑えたのは完全に結社の功績で、あの新宿に出たベリアルを倒したのも結社の魔術師であるからな」
「ベリアルを倒した……あの、一級のハンターのことか?」
御日と一緒にベリアルを倒した虹の雲を操るハンターか。確かに、魔術を使っていた記憶がある。
「そう、彩雲だ。結社での地位は第五位。つまり、瑠奈の二つ上で吾輩の一つ下だな」
「一級のハンターにしては、意外と低いんだな」
アステラスは首を振る。
「協会と結社の評価基準は別物である。協会は最も大きいのが貢献度で、結社は魔術の技術。彩雲の強さは異能に大きく依存している故に、魔術士としての評価には影響しない。だが、それとは別に異能である彩雲を有効活用する為のオリジナルを幾つか開発している。故に、魔術師ではある」
異能主体の魔術師か。確かに、それは結社としては評価しづらいかも知れない。
「実際、戦えば吾輩が負けるであろうな。単なる火力特化の吾輩は魔力攻撃を無効化する奴と相性が悪いというのもあるが」
「それで言えば、瑠奈とも相性が悪いんじゃないのか?」
彩雲と黒星海、割と似ている能力に見える。
「彩雲は防御特化、黒星海は攻防一体の力だ。瑠奈に吾輩の術を防がれたところで何も無いが、彩雲に防がれれば魔力を吸収され、あの身体強化の魔術によって接近されて瞬殺される。瑠奈と吾輩の戦いは何も起きないだけで、吾輩が不利になることは無いだろうな」
確かに、そうだな。彩雲はそれ自体の攻撃能力は低い代わりに魔力を吸収して別の術に充てることが出来る。だが、黒星海は攻撃を防いでも反撃を用意出来る訳では無い。代わりに、黒星海自体の攻撃力は高い訳だが。
「……そういえば、あの宝石使いのカーラとかも魔術師なのか? 強い方の」
「いや、アレは魔術師では無いな。オリジナルを持っておらん。だが、結社の所属ではあるし……吾輩の見立てでは、直ぐに魔術師になれる。宝石使いは宝石に対する知識と理解は一番と言って良い程に深いが、魔術の知識が足りていない。そこを学べれば何かしら見つけるだろう」
準一級のハンターである魔術士が固有魔術を見つけられれば、一級にも手が届くかも知れないな。
「……なるほどな。色々、面白い話が聞けた」
「ふむ、ならば良かった。吾輩も、中々に面白い話を聞かせて貰った」
アステラスはニヤリと笑い、玉座から立ち上がった。
「では、また会うとしよう。我が弟子と、その伴侶よ」
「……じゃあな」
「またね、師匠!」
去って行く背中を見送り、俺達も踵を返した。