魔術結社
瑠奈について使い魔達に問い詰められた翌々日、俺は東京の千代田区へと向かっていた。
「これだな」
明らかに、一際異彩を放っている建物がある。黒い巨塔とでも言うべきその高層ビルは、奇妙に捻じれていた。
単なるデザインのようにも見えるが、魔術結社の建物であるというのならば、間違いない。空間魔術を成立させる為の構造だろう。
「あ、勇!」
手を振りながらやって来たのは瑠奈だ。一人で来たところを見るに、師匠とやらは建物の中に居るのだろう。
「ごめんね~、待った?」
「いや、ジャストだ」
誤差三秒ってところだな。
「ほんと? 良かった~」
にへらと笑う瑠奈は、俺の前に立って歩き出す。
「じゃ、行こっか」
「あぁ」
並んで建物の中に入ると、広大な空間が迎えた。
「やっぱりか」
「ふふ、気付いた?」
無数の机と椅子が窓際に並び、奥側には壁に隣接する半円状のカウンターがある。何も考えていなければ違和感すら抱かないような光景だが、明らかにおかしなことがある。
「あぁ、空間の拡張だな」
「正解! 流石だね~」
外から見た時点で気付いてたからな。中に入って、確信に変わったというくらいだろう。本来、空間の拡張は事故の危険がある魔術だが、こうして最適な構造を整え、尚且つ緊急時の備えをしておけば便利なものではある。
「どうする? 勇も魔術士になっとく?」
「魔術士は柄じゃないな」
俺は、割と脳筋だからな。強引に物事を解決するのが得意な俺には向いていないだろう。
「そっか~……まぁ、勇はハンターの方が似合ってるかも」
ここまで歩いて、俺は内心溜息を吐いた。全方向から視線が突き刺さっている。
「第七位が……黒き海が、男を連れてるぞ」
「嘘だろ……俺の瑠奈ちゃんが……」
「阿呆が。男を連れているからと言って、そういう関係とは限らんだろ」
「むむ、私が占ってやろう……何だこれは」
ひそひそと囁かれる声だが、流石に表立って仕掛けて来るような奴は居ない。精々、無駄に俺を占っている奴くらいだ。やはり、ハンターよりは血の気が少ないのだろう。
「……夜道には気を付けた方が良さそうだな」
「ん、どうしたの?」
魔術士ならば、準備を整えて遠隔で襲ってくる可能性がある。呪殺されたり、急に空から雷が落ちてきたりな。
冷静に考えて、結社でも七番目の実力者で、見た目も整っている瑠奈と結社の建物内を歩くのだ。顔を隠す物くらい用意しておくべきだった。
「いや、何でもない」
「むぅ、気になるなぁ……」
言いながらも、すたすたと瑠奈は進んでいき、警備員の立つ関係者用の入り口まで歩いた。
「はい、これと……」
瑠奈は警備員に何かを渡すと、警備員の前で俺に何かカードらしきものを手渡した。
「これ、渡して」
「……あぁ」
もう直接自分で渡した方が早そうだったが、受け取ったカードを俺は警備員に渡した。チラッと見えた表面には許可証の文字があった。
「問題ありません。お通り下さい」
「はーい」
瑠奈が渡したカードは返却されたが、俺の渡したものは帰ってこなかった。恐らく、一度限りの通行許可証的なものなのだろう。
「ふー……なんか、緊張するね」
「緊張と言うか、不安はあるな」
瑠奈の師匠というのが、どんな人物なのか。興味もあるが不安もある。
「これ見て、凄いでしょ?」
進んでいった先には大広間のような場所があり、その地面には広間を埋め尽くすほどの大きな魔法陣が描かれていた。
「……転移陣か」
「おぉ、凄いね! 当たり!」
橙色に光る巨大な魔法陣。その正体は、転移陣だ。
「エレベーター代わりって訳だな」
「そうそう、この上に立って階数を言えばその階層まで一瞬で飛べるんだよ」
「……かなり、高度だな」
魔法陣を読み込んでいくと、その高度さが伝わって来る。この上に乗っている人間が同時に別の階層を呟いたとしても問題なく同時に転送され、更に転移先の魔法陣の上で人同士が重なるようなことも無い。これだけ大きな陣になってしまうのも頷けるという話だ。
「じゃあ、七十二階ね」
「高いな」
ひゅんと消えた瑠奈を追いかけるように、俺も陣の上で七十二階と呟いた。
「こっちだよ」
即座に入れ替わる視界。さっきと同じような大広間だが、出口となる部分は扉で塞がれ、この広間の中に居るのは俺達二人だけだった。
「師匠、居ますかー!」
こんこんと扉を叩きながら言う瑠奈。すると、扉に幾何学模様の青い光が迸り、ガチャリと鍵が開くような音がした。
「入って良いみたいだよ」
「あぁ、じゃあ行くか」
瑠奈は頷き、扉を開ける。すると、暗い青色の世界が広がった。黒に近い青色で塗りつぶされた部屋の中を、青色の光が美しく照らしている。何というか、水族館的な雰囲気のある空間だ。
「良くぞ来たな! 吾輩は混沌より生まれし夜の化身、〈星天〉のアステラスだ!」
腰に手を当ててふんぞり返っていたのは、黒い髪に紫のメッシュが幾つも入った少女。アメジストのような深紫色の目が、自信ありげに俺を見ていた。