返事
俺を真っ直ぐに見る瑠奈だが、俺の答えは決まっていた。
「悪いが、今の俺に恋愛が出来る気はしない」
「……そっかぁ」
瑠奈はどこか察していたように微笑み、頷いた。
「うん、分かった。でも、諦める訳じゃないよ」
「……あぁ」
諦めろとは、言えなかった。
「……それで、なんだけどね」
少し気まずそうに、瑠奈は話を始める。
「良かったら、私の師匠に会ってみない?」
「瑠奈の、師匠?」
師匠が居るのか。いや、恐らくだが……
「結社の魔術士か」
「正解! 勿論、私より順位が上のね」
俺が難色を示しているのに気付いたのか、瑠奈は苦い笑みを浮かべる。
「あはは、やっぱり結社って何か信用無いよね……割と、秘密主義だし」
「単純に、俺が魔術結社のことを良く知らないからな……協会の情報はどこに居ても伝わって来る分、同程度の力を持ちながら情報が無い結社は、少し不信感がある」
ふんふんと瑠奈は頷く。
「門を叩いた人に対しては色々教えてくれるんだけどね……やっぱり、魔術って悪用も出来るから誰に対してでも明け透けにはなれないんだと思うよ」
「まぁ、それはそうだな」
魔術による悪行は通常の犯罪よりも出来ることが多く、秘匿性が高い。捜査には専門的な知識を持つ者が必要になるし、罠を仕掛けられていることを考えれば深くまで追い過ぎるのも危険がある。
「取り敢えず、師匠は大丈夫だよ! すっごく、良い人だから」
「……俺がこの世界に帰って来て直ぐ、怪しい女に体を調べられた経験がある」
俺が言うと、瑠奈は困ったように笑った。
「確かに、興味は持つと思う……でも、無理やり調べたりする人じゃないし、結社の魔術師にしては珍しく捻くれてないっていうか、純粋っていうか……凄く良い人で、とっても可愛いんだよ?」
「……純粋か」
純粋な心の魔術士は、実際珍しい。大体は偏屈だったり生真面目だったり捻くれていたり、変な奴が多いのが魔術士だ。
「それに、勇を探すのも一杯手伝ってくれてるから……勿論、勇が嫌なら諦めるよ」
「……分かった」
そういえば、瑠奈は昔から割と我儘だった。代わりに俺が我儘なことを言っても断られたことは無いが。
「やった、ありがとう! ふふっ、楽しみだね……」
瑠奈は破顔し、両手でガッツポーズを取った。
「会いに行くのは今度として……今日は、予定ある?」
「無いな」
瑠奈は頷き、俺の手を掴んだ。
「じゃあ、デートしようよデート!」
「……まぁ、そうだな」
デートという言い方はアレだが、このまま別れるのは少し寂しいだろう。
「お互い、色々話したいことや聞きたいこともあるだろうからな」
飯でも食いながら話すというのは、悪くないだろう。
「それじゃ……取り敢えず、川の向こう側は私がやろうかな?」
「了解」
話し込んでいる間に俺達を囲んでいた無数の魔物達。そいつらを処理してから行くとしよう。
♢
瑠奈が行きつけだと言う店に入ると、そこはこじんまりとした穏やかな雰囲気のある喫茶店だった。俺はランチメニューからカレーを頼み、瑠奈はデミグラスオムライスを頼んだ。
「ふぃ~、どう? 良いとこでしょ?」
柔らかいソファに座り込み、息を吐き出す瑠奈。どこか年寄り臭い動作は異界で過ごした年月のせいではなく、昔からだ。祖母に一人で育てられたという環境も関係しているのだろう。
「そうだな。かなり、悪くない」
窓からは蔦の隙間から外が覗き見えて、涼しさを感じる。それに、この蔦のお陰で外からの視線が気になるような居心地の悪さが無い。
「ふふっ、かなり悪くないって変な言葉だね」
「……確かに、そうだな」
素直に良いと口に出せばいいだけのところを、何故こうして回りくどい言い方をしてしまうんだろうな。もう、癖かも知れないが。
「良い店だ」
自戒の念を籠めるように、俺が言い切ると、瑠奈は笑顔で頷いた。
「それで、異世界でのことはあんまり話したく無いんだよね」
「……あぁ」
手際よく防音の魔術を使った瑠奈を見て、何とも言えない気分を味わいながら頷く。
「それじゃ、あれは? こっちに帰って来てからはどうなの?」
「まぁ、そうだな……もう、全部言っても良いか」
瑠奈は信頼できる相手、というか信頼したい相手だ。話しておくべきだろう。
「ソロモンを倒したのは、俺だ」
「へぇっ!? え、本当に!?」
普通なら荒唐無稽な話としか受け取られないだろうが、異世界から帰ってきたという経歴を知っている瑠奈ならば簡単に嘘と切り捨てることは出来ないだろう。
「あぁ、何なら大嶽丸も殺した」
「はへぇっ!? 嘘っ、そんなことある!?」
分かりやすく驚く瑠奈。話し甲斐のある反応だな。
「最近だと、吸血鬼の親玉みたいな奴も殺したな」
「ニオス・コルガイもッ!?」
魔術で違和感を感じないようになっていなければ、今頃瑠奈はパントマイマーのように映っていただろう。
「勇……私より強いんだ」
ショックを受けたように、瑠奈は項垂れた。