元勇者
思い返せば、旅の始まりは奇妙なものだった。あの頃は、まだ楽観的だった。城から見える景色は人類の衰退を感じさせるようなものでは無かったし、歓迎の際に出された料理もそこそこには美味しかった。
「そう、だな……」
俺の言葉を待つ瑠奈。俺は思考を纏め、言葉にする。
「俺は、異世界で勇者だった」
「……勇者?」
瑠奈は目を丸くして尋ねる。
「異世界に呼び出されて、魔王を倒せってな。俺は七代目の勇者だったらしい」
「この世界に居ないのは知ってたけど、勇者になってたんだ……凄いね、勇」
瑠奈の言葉に、俺は眉を顰める。
「……知ってたってのは?」
「勇のこと、一杯探したからね。もしかしたら死んじゃったんじゃないかって……でも、調べてる内にそうじゃないって分かったの」
確かに、あのレベルの魔術を扱える魔術士なら人探しなど余裕だろう。
「髪飾りから伝わって来る魔力からまだ生きてることは確定して、そこから逆探知しようとしてもラインが見えなくて……ただ、かなり無茶苦茶な送られ方をしてるってことは分かったから普通な場所じゃないってことは分かったんだけどね」
困ったような顔をして瑠奈は続ける。
「どれだけ位置を探知しようとしても靄がかかったみたいに上手く行かなくて……逆に勇以外から勇の位置を探知しようとしたら、この世界のどこにも勇は居なかったんだよ」
「悪いな。探知はされないようになってる」
女神の与えた加護は単純な強化と言うよりも、そういう対策系が詰め込まれたものだった。毒や呪い、洗脳や催眠、女神の編み込んだ最も強力な加護はたった一度も破られることは無かった。
「ううん、良いんだよ。もう見つかったからね……そ、それでねっ!」
目が合うと、瑠奈は顔を赤くして話を戻す。
「今まで色んな人の手も借りて勇を探したり、メッセージを送ろうとしたんだけど上手く行かなくて……そんな中で、やっと手掛かりを見つけられたの。それが、カラスちゃん」
「あぁ、アレか」
その時の話はカラスから聞いている。
「勇って口に出しちゃったら、直ぐに逃げちゃったんだけど……そっからは早かったかな。勇の魔力の痕跡が見つかって、転移魔術っぽかったから何とか転移元を探って、少しずつ範囲を絞っていったら直ぐ見つかったよ」
「……やっぱり、転移を軽々しく使い過ぎだったな」
この世界のことを、俺は舐めていたらしい。最初こそ慎重だったが、後半は面倒になって転移をバンバン使うようになっていた。痕跡も一応は隠していた筈だが、腕の良い魔術士が本気になればバレてしまう程度のものでしかない。
「どう? 私も結構、凄いでしょ?」
「あぁ、凄い。魔術士としてなら、地球で見た中で三番目には凄いな」
ソロモンとニオスはどちらが上か判断するのは難しいが、その次に来るのは確実に瑠奈だろう。実際、さっきの固有魔術を見るまで、現代の魔術は過去から来たソロモンや未来から来たニオスのような例外を除けば、そこまで大したことの無い物だと思っていた。
「ふふん、三番目? 確実に私より上は六人以上居るよ」
「六人以上?」
やけに具体的な数字に首を傾げると、瑠奈は得意げな顔で頷いた。
「これでも私、フリーの魔術士じゃないんだ」
瑠奈はニヤリと笑い、その身から魔力を滲み出させる。
「魔術結社、第七位……〈黒き海〉」
魔術結社。耳にすることはあるものの、その中身に関しては全く知らない。だが、協会と並ぶほどの組織であることは知っている。
「少なくとも、結社の中には私より上の魔術師が六人居るよ」
「二つ名まで、付いてるんだな」
俺が言うと、瑠奈は頬を僅かに赤らめた。
「実は、結構凄いからねっ! 私もっ!」
「それは、そうだろう。あのレベルの魔術を使えるのに凄くない訳は無い」
それに、俺を探していた話を聞くに基礎的な魔術の技術も高いように思える。
「……そんなことより、勇の話の続きを聞きたいな」
「続き、か……まぁ、そうだな。異世界に呼ばれて、勇者になって、魔王を倒せと言われて……倒した。異世界で大体五年は過ごしたが、こっちだと三十年も経っていた。と、そんなところだな」
詳しく話したがらない俺の様子を察したのか、瑠奈は頷いた。
「それじゃあ、勇の場合は見た目は実年齢のままなんだね」
「まぁ、そうだな」
恐らく、実際よりは若い肉体の筈だが。
「私は、多分もうおばあちゃんだからなぁ……実年齢はね?」
「ずっと魔術の鍛錬をしているだけの空間に居たなら、それは実年齢とも呼べないと思うが」
何というか、異界での経験は永遠に夢の中に居るようなものだろう。誰とも話さず、肉体も成長しないその期間は年齢に含むべきではない気がする。実際、目の前の瑠奈は老女と言うよりも少女のような雰囲気がある。見た目では無く、会話が。
「そうかなぁ……まぁ、勇も若い子の方が良いよね」
「俺の好みは、関係ないだろ」
瑠奈は、首を横に振った。
「関係はあるよ。だって……」
鈍い俺でも、それに続く言葉は察することが出来た。
「――――勇のこと、好きだから」
あの日の告白は、まだ続いていた。




