星
一人になった家の中、テレビから女の声が響く。
『今回はダンジョン配信者のミミさんと、準一級のハンターであるカーラ・エバンスさん、異界専門家の西谷さんをお呼びしております!』
パチパチと鳴る拍手。画面に映るのは、白い兎のような耳が生えた少女とオレンジの長髪を垂らす美人の女、そしてスーツを着た男だ。
『しくよろですっ!』
『よろしくね~』
カメラに目線を向ける二人はどちらも魅力的な容姿をしており、テレビの番組に呼ばれることも納得がいく。
『今回は、昨今の情勢についてお話し頂きたいと思います』
『随分、ザックリしてるわね』
引きになるカメラ。画面に映るのは、五人。アナウンサーのような女と、芸人のような男、そしてさっきの三人だ。
「……カーラ以外、分からないな」
カーラ・エバンスは一度会ったことがある、というか助けたことがあるが、他は分からない。
『最近やと、ソロモンが何やら富士山が何やらで日本はてんやわんややからなぁ』
『そうねぇ。大嶽丸の復活なんかも重なってたから、本当に大変だったわね』
『寧ろ、こんなことがあったのに皆普通に生活できてるのが凄いですよねっ!』
確かに、普通なら生活基盤も何もかも破壊されていてもおかしくない災害だっただろう。
『しかし、こうも続くと怖いよなぁ』
『はい。クラスファイブの異界接触現象が起きたあの日のような、大厄災が迫っているのではないかと心配する声も多いとのことです』
俺はそこで、何やら話が本題に入った雰囲気を感じ取る。
『続く災害が何かの予兆じゃないかって噂ね』
『私は心配しすぎだと思いますよ~? あのソロモンすら倒したんですから、もう何なら日本が滅びるのか分からないレベルですっ!』
『専門家の西谷さん、何かご意見はありますか?』
スーツの男はふんと息を吐く。
『皆さん、楽観が過ぎますね。中東の騒動も全く落ち着いておりませんし、アイスランドなんかは今も地獄のような世界になったまま完全な対処は出来ていないままなんですよ? 日本がいつそうなるかなんて分かりはしません』
『ソロモンや大嶽丸の事件を超える大災害が起きるなんて根拠はあるのかしら?』
スーツの男は睨みつけるようにカーラを見る。
『この連続する災害という状況自体が根拠でしょう。南米では吸血鬼の活動が活発になっているという話も聞きます』
『情報が正確じゃないわね。寧ろ、吸血鬼が大量に狩られてるのよ』
南米……恐らく、アカシア達のことだろう。吸血鬼を大量に狩っているのはアイツらだから、吸血鬼の活動が活発になっているというのもあながち間違いでは無いかも知れない。
『ハッハッハ! まぁまぁ、お二人とも熱くならんようにね!』
『喧嘩は良くないですよっ!』
もふもふの兎耳を揺らし、少女が拳をあげる。あざとい動作は、計算されたものだろう。
『しかし、仮にそうした大災害が起きた場合にはどういった行動が求められるでしょうか?』
『ただ、速やかな避難ね。自然災害と違って被害の発生する具体的な時間が分からないから、本当に可能な限り早く避難してもらうのが大事よ』
『今は色んな便利な道具がありますからねっ、そういうグッズを買うのも良いかなって思います! 特におススメなのは私もコラボしてるゲリュオーン製の魔除けとか――――』
ミミの言葉を、カーラが手を翳して遮る。
『宣伝は後にしなさいね』
『むぅ、酷いですよっ!』
しかし、大厄災か……考えると、嫌な予感しかしないな。
「そろそろ、行くか」
久し振りに、一人で異界に行こう。
♢
異界の中、川沿いの道を歩いていると、大柄な熊が出てきて襲い掛かって来た。
「弱いな」
熊の爪を躱しながら、その首を斬り落とす。これでも、この異界では強い魔物らしい。
……そろそろ、五級になるか。
六級異界の魔物も見飽きてきた。昇格試験を受けても良い頃合いかも知れない。
「囲まれたな」
周囲を魔物の群れが囲んでいるのが分かる。これは、ゴブリンだ。ここでの狩りを続けていたからか、本腰を入れて殺しに来ているようだ。
川の向こう側には弓を持ったゴブリンが控え、森側には盾を持ったゴブリンが控えている。恐らく、盾のゴブリンで逃げ道を塞ぎながら矢の雨で穴だらけにして殺す気だろう。
七級異界のゴブリンよりは頭を使ってるな。それでも、この程度で殺せると考えた判断能力には疑問があるが。
「グギャァアアアアアアアアアッッ!!!」
ゴブリンの咆哮が響き、一斉にゴブリン達が姿を現す。放たれる矢の雨に、後ろから突撃する大盾のゴブリン達。
「何だ?」
だが、俺が感じ取ったのはそれだけでは無かった。高まる魔力が高速で接近している。
「『――――黒星海』」
内側に無数の星のような煌めきが浮かぶ、黒い不透明な海が俺を覆うように流れ込んだ。
「ごめんね、遅くなっちゃった!」
黒い海が全てを呑み込み、過ぎ去った後、黒い短髪の少女が空から飛び降りてきた。
「久し振りだね、勇」
にこりと笑う少女に、俺は呆然と呟いた。
「……瑠奈」
少女の頭には、俺が昔に渡した星型の髪飾りが輝いていた。