再会
館の地下深く。広く灯りの無い部屋の殆どを、根を張るような赤いナニカが埋め尽くしている。それは不気味に脈動しており、まるで心臓のようにも見える。その正体は、血の根源だ。
「……見つけたわ」
その部屋に入って来たのは四人の男女。その先頭に立っていたメイアが声を出す。
「お母様」
セッシの庭園から解放された四人は、遂に封じられたアカシアとバラカの下まで辿り着いた。
「おい、こっちも見つけたぞ」
カラスがどこからか手に持ってきたのは、赤く美しい石。見ただけで凄まじい生命力を感じ取れるそれは、石の中心で赤い光が輝いている。
「……お父様」
メイアはその石を受け取り、じっと眺めた。
「悪いが、感慨に耽ってる時間はねぇぜ。今も勇は上で戦ってるからな」
「分かってるわ。お願い」
東方は先ず根源の前に跪き、小さなビンを取り出した。
「『月の光よ。銀に輝き、陰に生きる者皆を照らしてくれ』」
銀の輝きが根源を透かし照らすと、東方はビンの蓋を開け、込められていた血を根源へと落とした。
「『寵愛を受けし者よ、根源の底より蘇れ』」
根源がドクンと大きく鼓動し、銀色の光を強く放つ。
「――――メイア」
黄金色の長髪に、ルビーのように美しい真紅の目。根源の前に現れた女は、慈しむような声でそう言った。
「……お母様」
「本当に……本当に、久し振りですね」
アカシアはメイアの手を握り、目を真っ直ぐ見た。
「あー、本当に悪いんだが……アカシア、時間がねぇんだ。こっちも解放しないとならねぇ」
東方の言葉にアカシアが視線を向ける。東方の手に握られた赤い石に気付くと、アカシアはそれを奪い取った。
「あ、おいっ、時間が……」
「問題ありませんから」
アカシアは石を強く握り締め、その手からだらだらと血を流した。
「起きて下さい……バラカ」
赤い石が強い光を放ち、そして……砕け散るような音と共に、褐色の肌をした銀の髪の男が現れた。
「……アカシア」
バラカはアカシアを見て呆然と呟き、そして周囲の様子を確認した。
「お前……君達は?」
バラカはカラス達を見て尋ね、そして誰が答えるよりも先に気付いた。
「ッ、まさか……俺の、子供か?」
「えぇ、その通りです。お父様」
僅かに冷たさを帯びたメイアの視線に、バラカは面食らったような表情をする。
「カァ、オレはカラス。メイアの仲間だ」
「私はステラ。メイアの仲間です」
バラカはそれに答えようとするが、何かに気付き……上を睨みつけた。
「ニオス・コルガイ」
「……状況が理解出来てきました」
二人は覚悟したように目配せし合う。
「一対一、か? 誰が戦ってる?」
「バラカ、お前も知らねえ奴さ。勿論、アカシアもな」
「私が知らない、ニオスと渡り合える程の強者ですか……?」
瞠目して東方を見るアカシア。東方は得意げに頷き、出口へと歩き出した。
「老日勇、俺が見てきた奴ら中で断トツ最強の人間だ」
「カァ、そんでオレ達のボスだ」
カラスの言葉に、二人は硬直する。
「つ、使い魔になってる……?」
アカシアが混乱したように呟き、バラカは上に向ける殺意を強める。
「使い魔って言っても、命を助けて貰う交換条件で使い魔になっただけだから。それに、嫌なことなんて何もさせられてないわ」
アカシアは無言でメイアの手を握り、額を当てた。
「……確かに、心から信頼しているみたいね」
「騙されている可能性も……いや、こんなところまで来ている時点で無いか。まさか、一目見る前から子供がパートナーを見つけているなんてな……」
安心したように言うアカシアと、ショックを受けているバラカ。その二人を置いて進んでいる東方は急かすように手をこまねく。
「お母様、お父様……先ずは、ニオスを殺しましょう。話は、後からだって良いですから」
「そうですね。急ぎましょう」
「あぁ、必ず殺す。二度と、蘇れないように」
バラカはその手に銀の剣を呼び出し、東方の後ろをついていった。
♦……side:老日
現れた金の髪の女はアカシア、銀の髪の男はバラカ。そして、カラス達も帰って来ている。
「バラカに、アカシアに……老日勇」
ニオスの表情が酷く歪む。伝わって来る感情は焦り、怒り、絶望。
「死ね」
混乱するニオスに容赦なく振り下ろされる銀の刃。その表面には血が刃を巡るように流れている。
「ッ、危ないな」
ニオスはその刃を血の剣で弾き、霧となってその場から逃れた。
「どうしますか、ニオス様」
「決まっている」
ニオスが魔術を囁いた瞬間、その体が足元から消えようとしたが……この氷の大地を覆い尽くすような血の帳が降り、ニオスの体は元に戻った。
「ッ、何だと……!?」
「もう、逃がしはしません……ニオス・コルガイ」
アカシアがニオスを睨みつけて言う。どうやら、転移を封じる結界をアカシアが展開したらしい。
「どう、しますか」
「……対多人数用の肉体に切り替えるしかあるまい」
そう言うと、ニオスの肉体が醜く歪み、変化する。
「一人残らず、殺してやりましょう」
「あぁ、殲滅戦になる」
白いぶよぶよとした肉体の表面に、赤い血液が薄く氷のように張っている。図体は三メートル程と大きく、全身の筋肉が限界まで膨張したかのようで、元の老人のような姿とはかけ離れた、醜い姿だった。