ニオス・コルガイ
視界全てが赤色。空も地面も、唯一の例外は俺達だ。
「ここに来た時点で君の負けは決まっていたんだよ」
「それはどうだろうな」
俺は持っていた剣を消し去り、別の剣を虚空から引き抜いた。黄金の文字が刻まれた、銀色の剣だ。
「ほう、吸血鬼特効か」
「あぁ、これもな」
続いて、俺は青い指輪を嵌めた。どちらも対吸血鬼に特化した装備。剣は吸血鬼を殺す為のもので、指輪は吸血鬼から身を守る為のものだ。
「しかし、どこから取り出した? 魔術は使えない筈だが」
「既にかかっている魔術の解除は出来ないだろう? そういうことだ」
私用空間は構造的には魔術だが、常に俺自身と接続されている空間なので問題なく使用できる。予め俺の身に刻まれている戦闘術式と同様にな。
「もう一つ気になるのが……そんなもの、どこで見つけた?」
「遠い場所だ」
加速は十分だ。俺は動き出し、ニオスに剣を振り下ろした。
「あぁ、興味深い」
ニオスの体は剣が触れる寸前で全身がただの血に変化し、俺の背後の地面から……血の中から再び現れた。
「オートか、面倒だな」
こいつの術がどの程度の速度まで反応出来るのかは分からないが、速度無視で発動する類の場合、幾ら加速しても無意味ということになる。
「私はね、何よりも死なないことが大事だと思っている」
「……困ったな」
幾ら剣を振るおうとも、触れる寸前でニオスの体は血に戻り、この血の世界のどこかから現れる。
「生きてさえいれば、幾らだって強くなれる。いつかはどんな悲劇も乗り越えられる。そうだろう?」
「あぁ、そうかもな」
答えつつ、俺は神力を解放した。
「神力か! 面白いな。やはり、面白い!」
はしゃぐように言うニオス。俺は神力を広げ、俺とニオスのどちらをも覆い包んだ。
「これでどうだ?」
「それで、本題に戻るんだが……」
ニオスの体にも染み込んだ神力。しかし、ニオスは関係なく血に還り、剣を避けた。
「本気で面倒臭いな、これは」
「勇君、私の仲間になる気はないか?」
俺はニオスの言葉を無視し、考える。
「はっきり言って、下劣な他の吸血鬼は私の真の仲間に相応しくない。アカシアやバラカも本当は仲間にしたかったんだが、彼らは少し正義の側に偏り過ぎているからね。今回は見送ることにした」
どうにかするべきは、血の世界だ。だが、魔術が使えない以上は攻略も難しい。
「だが、君には清濁併せ呑むような度量の広さが見える。私の目的を聞けば、きっと君も賛同してくれる筈だ」
今更だが、こいつ日本語を喋ってるのか。頭も良いんだろうな。
「……目的ってのは、何だ?」
「私の目的はね、この世界全ての悲劇を救うことだ」
本気か? 目的と行動が一致してないようにしか思えないが。
「先ずは、見たまえよ」
ニオスは血の杖を取り出し、それを掲げた。
「ッ、これは……」
宙に浮かんだ無数の魔法陣。それらはどれも、地球で見てきた魔術の全てを凌駕するような代物だった。
「ソロモンよりも、上か」
魔術の腕に関しては、間違いない。アイツの強さは魔術よりも天使と悪魔にあったので強さとしての比較は難しいが、魔術の腕はソロモンより上だ。
「当然だろう。神より授かっただけの知恵をひけらかす古代人と比べてくれるなよ。なんたって、私は……」
ニヤリと笑い、ニオスは続けた。
「――――未来から来た魔術師だ」
未来から、か。それなら、納得できる部分も多いが……そうか、未来人か。
「と言っても、私は君のことも知らないし他の様々なことも知らなかった。普通ならば、知っている筈なのにだ。つまり、ここは単純な過去では無いのだろうと考えている。私が過去に戻ったことが原因か、それ以外が原因かは分からないがね」
「……アンタみたいなのは他にも居るのか?」
「居ないだろう。既に世界は滅びかけていた上に、時をかける魔術に関する情報は私が全て消し去ってきた」
ニオス自身の解析が進んだ。根源との同化って言うのも、分かってきた。今、ニオスは根源に接続して力を引き出しているような状態だ。だが、その度合いが進めばいずれ、ニオスが根源そのものになる。今、その進行率は七割といったところだろうか。
「そして、私はその時越えの魔術を使って未来から過去へと飛び、この世界全ての悲劇を消し去ってやる。その為にも、ここで力を付ける必要がある訳だ」
「それはアンタの勝手だと思うが、その為に他人に迷惑をかけるのはナシだ」
「問題無い。私が犠牲にしてきた者達も、過去に戻れば無かったことになるだけだ。寧ろ、その犠牲も無くなった上に他の人々も救われる。素晴らしいことだとは思わないかね?」
「思わないな。アンタが与えた苦痛は消えない。忘れられるだけだ。犠牲になって良いのは、それを望んだ奴だけだ」
「だが、過去に戻るにはどうしても代償が要る。その為にはまた、沢山の者を殺さなければならない」
まぁ、そうだろうな。過去に戻る魔術は凄まじい対価を必要とする。
「だったら、諦めれば良い。悲劇を無くすために悲劇を生むなんてのは、冗談にもならない」
「だが、その悲劇は無かったことになる。何故だ? 何故、賛同できない? 痛みはいつか忘れるものだ。忘れた痛みは笑い飛ばせる。誰も、悲しむことなど無いだろう」
賛同、出来る訳が無い。
「それは、俺が選ばなかった道だ」
俺も、考えたことはあった。仲間の死を、最悪の悲劇を幾度も見てきた俺は、勿論やり直しを考えたこともあった。だが、それを選ぶことは無かった。