高位(強化済み個体)
潜水艦の正面に映る巨大な影。
「五キロメートル先、敵です」
「見ての通りだな」
それはウツボのような怪物。リヴァイアサンと呼ばれていてもおかしくないような青色の巨体は、明らかにこちらを向いていた。
「仕方ないな、強引に行こう」
『グルゥゥオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』
怪物が迫る。それを捉えながらも、潜水艦は真っ直ぐ進んだ。
「『門にして鍵』」
『グルゥゥ……ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』
潜水艦は巨大なウツボに触れた瞬間、その体を一瞬で通過し、向こう側に現れた。
「これは……ショートカットになりましたね」
「あぁ、通り抜けさせて貰った」
ウツボは振り向くが、流石にこの船に速度では勝てない。追いつける訳も無く、その姿は小さくなって消えていった。
「……さて、異界も抜けたな」
「えぇ、もう直ぐです」
あぁ、もう直ぐだ。さっさと終わらせて帰るとしよう。
♦
ニオス様より命令が下った。高位吸血鬼の中でも選ばれし我らに、迫りし難敵を打ち破れと。
「ククク……楽しみだな、ベリンズ」
「あぁ、楽しみだ……漸く、我らの力を認めて頂ける」
もうほとんど見えなくなった館を尻目に、凍て付いた大地を進んでいく。
「道はこちらで合っているのだろうな?」
「ニオス様を疑うつもりか?」
私が言うと、デリンズは口を噤み、視線を逸らした。
「ギルガル、魔物共は使わないのか?」
「クピロが居ないのが見えないのか? アイツが連れて来るということだ」
ニオス様はきっと、今回の件で私たちの価値を測ろうとしているのだろう。そうでなければ、我等だけで敵の対応になど向かわせない。
「だが……それでこそ腕が鳴るというものだ」
これは自らの価値を証明する他ならぬ機会だ。そうして、いつかは私も最高位吸血鬼に……ひいては、真祖に至って根源の力を……ククク、楽しみだ。
「――――ヌォオオオオオオオオン」
咆哮が聞こえる。氷山が一つ持ち上がり、ごつごつと不格好な人型を取ってこちらについて来る。
「クピロが動き始めたな」
「あぁ、我等に加えて眷属となった魔物の群れ……経った数人では絶対に勝てんじゃろうなぁ」
我ら吸血鬼の数はおよそ三十、その背後から追従する魔物達の数は百に届こうというところか……盤石の布陣だな。
「しかし、これだけの戦力を使ってしまえば、本当にニオス様から評価を頂けるか怪しいところだな」
「それに関しては心配なかろう。奴が来ておるのだ」
奴……あぁ、アレか。
「ダンピールの」
「そうだ。バラカとアカシアを失った奴とは言え、その力は健在だろう」
確かに、それならば少しは苦労出来るかも知れんな。
「……あっちだ」
「気配を感じたか、ノージ」
頷くノージ、その指が示す先には大きな氷山があった。あの向こう側ということだろう。
「ククク……逃げられる前に狩ってしまうぞ」
「あぁ、そうしよう。急ぐぞ」
私達の体が霧となり、一つになり、巨大な霧が氷山を乗り越えて進んでいく。
見つけた。
氷の大地を歩く、五人組を見つけた。すると、その内の一人が手の平をこちらに向け……
「散開しろッ!!」
誰かが叫んだ直後、銀の奔流が霧の一部を……数人の仲間を消し飛ばした。
「容赦はするなッ、確実に殺せッ!」
「誰から狙うッ!? あの女かッ、ダンピールかッ!」
霧が一斉に元の姿を取り戻していく。私も即座に人型に戻り、取り敢えずあの銀の女の視界から外れた。
「まぁ、取り敢えず俺に任しとけよ」
「死ねィ、ダン――――ッ」
ダンピールが一歩前に出ると、銀色の拳銃から銀の弾丸を放った。それは突っ込んだ仲間の額を貫き、一撃で殺害した。
「既に能力が知られてる俺から戦うってのが定石だろ。一先ずは後ろで休んでると良い」
ダンピールの体に銀の紋様が走り、瞳が赤色に染まって爛々と輝く。
「随分と舐めているようだな……東方」
「ハッ、久し振りにテメェらから名前を呼ばれたな」
前に出たのはベリンズ。我らの中でも私と並ぶ程に強い奴であれば、あのダンピール相手であっても多少は持つだろう。
「来いよ」
「『血よ! 赤々と輝き、脈々と巡れ!』」
ベリンズの身体に赤く輝く線が走る。
「『血統煌線』」
凄まじい動きでダンピールに迫るベリンズ。瞬間、ダンピールの手に黄金色の剣が握られる。
「さぁ、どうすんだ?」
「ッ!」
ベリンズはギリギリで体の一部を霧にして上下に分ち、斬撃を回避した。
「『ブラッドスフィア』」
「『強化型暗黒球』」
「『血塗れの槍』」
追撃しようとするダンピールに殺到する攻撃の数々。しかし、ダンピールはそれら全てを掻い潜ってベリンズまで迫る。
「くッ、一度逃げねば……」
「試すか」
霧となって逃れようとするベリンズ。ダンピールはゆっくりと剣を掲げた。
「……ここじゃ使えないな」
黄金色の剣が光を放つも、それ以上何も起きることは無かった。
「ッ、クピロが間に合ったぞ!」
「漸く奴が来たか……!」
大地が揺れ、大気が蠢く。私達が飛び越えた氷山が砕け散り、そこから氷の巨人が現れる。
「魔物の群れか……俺だけじゃ処理し切れねえかもな」
ダンピールがそう呟いた瞬間、空に巨大な魔法陣が浮かんだ。
「『魔轟雷』」
紫の巨大な雷がダンピール目掛けて落ちる。が、ダンピールはどうにか回避した。
「っと、やばくなってきたな」
「カァ、オレにも肩慣らしをさせてくれよ」
「私も手伝うわ。さっきからチクチク狙われててストレスが溜まってたから」
「それに、どうせ強い敵はマスターが全部倒すでしょうから、私達が手札を隠す意味も無いでしょう」
一人の男を残して、四人の敵が私達の前に立った。