いざ、南極へ。
食事を終え、店を出た俺達は路地裏へと向かった。
「主様、美味しかったですね」
「そうだな。海外の料理は不安だったが、かなり美味かった」
「カァ、ワインも初めて飲んだが美味かったな。酒は苦手だと思ってたんだが、ビールよりマシだな」
「……そういえば、私の初海外もチリということになりますね」
ぞろぞろと喋りながら歩いていると、先頭の東方が溜息を吐いた。
「お前らなぁ、緊張感が無さ過ぎねぇか? 今から、行くんだぞ? 恐怖とかねぇのか? 俺は正直、ちょっとビビってるんだが」
「まぁ、安心しろ。大体は俺がやる予定だ」
話していると、壁に寄りかかって意識を失っている男を発見した。
「じゃあ、起こすぞ」
「いや、必要ない」
男の頭に手を当てる。魔術を発動し、意識を集中すると……男の記憶が見えてきた。
数分後、俺は男の頭から手を離し、踵を返した。
「ニオスの手先だったか?」
「あぁ、間違いないだろうな」
そのニオスとやらが直接出て来ることは無かったが、こいつの情報は主である吸血鬼に送られていたようで、更にその吸血鬼からの命令も突然のものだった。
「……まぁ、良いか」
「どうしますか? 作戦に変更は?」
ステラの問いに、俺は首を横に振る。
「無い。俺達のことを知られたとして、そのまま放置する方が問題だからな。だから、何か対策をされる前にさっさと潰した方が早い」
「アグロで行くということですね」
まぁ、良く分からんが多分そうだ。
「善は急げ、ということですね?」
「まぁ、そうだ」
対抗するように言ったメイアに頷き、俺は歩き出した。
「速攻で行くぞ」
南極への行き方は、既に決めてある。
♢
窓から見えるのは、海中だ。無数の魚が泳いでいくのが見える。
「しかし、凄いですね……主様、まさかこんなものを隠し持っていたとは」
「別に、隠し持ってた訳じゃない」
俺達が乗っているのは、潜水艦のようなものだ。当然、科学的に作られたものではなく、魔術の力によって強引に成立している潜水艦だ。
とは言え、その能力が本物の潜水艦に劣っているということも無い。魔力による探知を無効化し、海底を高速で移動できる。
「潜水艦としては異常に速いですね……時速300キロは出ています」
「チリからある程度離れれば更に魔術で速度を上げるぞ」
一応、生物との衝突を防ぐために、船に魚が触れないような流れが作られている。着いた頃には船の頭が血まみれになっているようなことにもならないだろう。
「これで気持ち悪くならないってのが、逆に気持ちわりぃな」
「カァ、嫌なら窓は見ない方が良いぜ」
この船は大きくは無いが、そこそこ広いからな。人の過ごせる空間は寝室の一部屋しか無いが、窮屈に感じることは無いだろう。
「取り敢えず、機構は理解したので操縦はお任せ下さい」
「良いのか? だったら、俺は寝るぞ」
操縦室に向かって行ったステラを見送り、俺はそのままベッドに横たわった。
「なぁ、ボス。飯は無いのか?」
「……さっき食ったばっかりだろ」
無言でこちらに視線を送り続けるカラスに根負けし、俺は虚空から干し肉を取り出すと、人の姿をしているカラスは直ぐに手を伸ばしてそれを奪い取った。
「向こうのだからな。美味しくないぞ」
俺の言葉を無視し、カラスは干し肉に噛り付き……微妙そうな顔をした。
「カァ……かってぇ……」
木を食ってるような感覚になる、そういう微妙な干し肉だ。
「メイア、お前も食ってみるか?」
「その反応を見て食べると思う?」
カラスは肩を落とし、窓の外を眺めながら干し肉をしゃぶり始めた。
「……寝るか」
十分くらい経ったら、魔術を使うとしよう。
♢
高速で海底を駆け抜ける潜水艦。魔術によって加速されたそれは、水中というハンデを思わせない速度で南極を走っている。
「マスター」
ベッドで目を瞑っていると、ステラに声をかけられた。
「何だ?」
「恐らく、異界に入りました」
異界に入った? 例の異界はそこまで規模が大きくは無かったはずだ。この時点で異界に入ることは有り得ないだろう。
「マスターの考えている異界では無く、水中の異界です」
「そんなのあったのか……」
調べた時には無かったと思うが、ネット上に情報が無いか、或いは未発見だったか。既に南極に入っている以上、どちらも十分あり得るだろう。
「魔物に囲まれる可能性がありますが、いかがいたしましょう?」
「……俺が操縦する。全速力で突っ切ろう」
俺は操縦室へと赴き、そして操縦桿を握って目を瞑る。
「少し、強引だが……」
操縦というより、操作だ。この潜水艦を無理やり操作する。おもちゃの飛行機を手で掴んで動かすように、無理やり。
『グギャアアアアアアアアッ!!』
『グボロォォッ!?』
潜水艦の外、化け物の声が聞こえる。この潜水艦は外からは不可視の筈だが、存在に気付いている魔物も居るようだ。まぁ、これだけの高速で移動していれば当然とも言えるが。
「行けそうだな……ステラ、この異界はあとどれくらいだ?」
「お待ちください……あと二十キロ程度です」
問題無いな。二分もかからない。俺は完璧に船を動かし、魔物を避けながら進んでいく。一度ぶつかれば速度も落ちるし、そうなれば魔物にも囲まれる。
「残り十キロです」
「似合ってるな」
カーナビのように告げるステラ。順調に船は進んでいき……そして、巨大な影を正面に捉えた。