お話
拘束された東方は特に抵抗する様子も無く、ただ疲れたような顔をしていた。
「先ず、信じて欲しいの。私は本当に吸血で人を殺したりなんてしてないわ」
「メイアが貴方の思うような極悪非道であれば、既に貴方は干からびて死んでいます。それをしないということの意味が分かりませんか?」
この状況こそがメイアが人間に敵対した吸血鬼でないことの証明だと、ステラは言った。
「いや、吸血鬼はダンピールの血を飲めば死ぬ。だが、そうだな……この状況でも俺を殺さないのは、確かに人間の敵じゃない証明になるかも知れない」
「完全に信用するには至らない、ということで良いですか?」
ステラが冷たい声で言う。
「俺は、一応そこそこ名の知れた吸血鬼狩りだ。俺がこのまま生きて帰って、同業者や知り合いに安全だと言い触らすことを期待しているとも考えられる」
「有り得ませんね。貴方以上の吸血鬼狩りはいないでしょう。ダンピールで太陽の力を扱える者、それ以上に吸血鬼狩りに適している人物が居るとは思えません」
ステラの言葉に、東方は考え込むように俯いた。
「居ないことも無い。バラカは、俺よりも強い吸血鬼狩りだった。アイツはダンピールじゃなくて、吸血鬼だったんだが……何せ、真祖まで至った奴だからな」
東方の言葉に、メイアは目を見開いた。
「……お父様と、知り合い?」
「……お父様?」
二人の表情に、驚愕が滲んだ。
「お父様って……バラカの、子供ってことか?」
「そうよ。話したことも無いけれどね」
東方は拘束されたまま、まじまじとメイアの顔を見上げた。
「まさか、アカシアの娘ってのは……ッ!」
「私よ」
東方の表情が、顔色が変化する。焦ったような、安堵するような、複雑な表情だった。
「……すまん」
拘束されたまま、限界まで頭を下げた東方。
「本当に、悪かった!」
東方は顔を上げることなく、俯いたまま言葉を紡ぐ。
「襲い掛かって、悪かった。見つけられなくて、悪かった。本当に、すまん」
「……私を探してたの?」
東方は、低く頷く。
「アイツらと別れてから……アカシアが還って、バラカが消えたってのを知った。そして、その後にアイツらの子供がどこかに居るってことを知った」
「吸血鬼から聞いたの?」
東方は頷く。
「じゃあ、余り良い噂じゃなさそうね」
「そうだ。だからこそ、助けようと思って暫く探してたんだが……お前の存在を知ってる奴は居ても、場所まで知ってる奴は居なかった」
メイアは話を静かに聞き、そして一つの疑問を口に出した。
「……貴方は、お母様に何があったか知ってるの?」
「あぁ、大体はな」
続きを促すようなメイアの視線に、東方は僅かに微笑んだ。
「……さて、どこから話したもんかな」
東方は、ぽつぽつと語り出す。
「さっきも話した通り、幼い頃の俺は人間の母に育てられた。それから、吸血鬼への恨みをきっかけに吸血鬼狩りの道を進んだんだが……その中で、俺はアカシアとバラカに出会った」
皆は静かに、東方の話に耳を傾けた。
「初めは、お前達と出会った時のように戦闘から始まった。人間に友好的な吸血鬼が居るなんて考えもしていなかった俺は、アカシアに襲い掛かり……反撃しようとしないアイツを守るように、バラカが現れた」
メイアの表情が、僅かに動く。
「バラカは最初、アカシアを襲った俺を殺そうとしたが……アカシアが止めたことで俺は命を取り留めた。その代わりに、俺はバラカと協力して吸血鬼を狩ることになった。アイツは割と強引なやり方を取るからな……その途中で、何度も死に掛けることになった」
そして、と東方は続ける。
「ある日を境に、俺達はバラバラにはぐれることになった」
「ッ!」
息を呑むメイア。全員が、ここからが本題であることを察した。
「単純な話でな、吸血鬼を狩る俺達を止める為にニオス……吸血鬼の親玉が俺達を罠に嵌めたんだ。仲間に善良な吸血鬼を装わせて、俺達を誘き出し……その仲間ごと、俺達を殺そうとしたんだよ」
「……ニオス・コルガイ」
メイアが、眉を顰めて呟いた。
「その罠を受けた後、弱った俺達を前に悠々と奴らは現れた。そして、奴らから逃れる中で俺達はバラバラになった。アカシアもバラカも俺より生存能力が圧倒的に高いからな、二人ともどこかで生きているとばかり思っていたんだが……」
東方の言葉に、メイアは深く耳を澄ました。
「アカシアは血の根源へと還り、バラカは恐らく封印された」
「ッ、どちらも死んではいないの!?」
跳ねるように身を起こすメイア。しかし、東方の表情は暗いままだ。
「一応、そうだな。だが、アカシアをアレから呼び覚ますのは不可能に近いし……バラカに関しては、恐らくそうだってことしか分かってない。アイツのストックを確認したんだが、そのままだったからな……恐らく死んだって訳じゃない」
「……」
考え込むように俯くメイア。
「お前の考えてることは分かるが、やめといた方が良い。根源の場所にはニオス達が居る。館の吸血鬼は……流石にお前らでも、勝てねぇ。俺はアイツの追手の一人にすら随分苦戦した。相性が悪かったってのもあるが」
「なるほど、考えておきます」
黙り込んだメイアの代わりに、軽い調子で答えたのはステラだった。
「カァ、ステラ。お前の考えてることは真眼を使わなくても分かるぜ」
「つまり、貴方も同じことを考えているということでしょう?」
笑う二人を、東方は睨みつけるように見た。




