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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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戸籍

 戸籍、それは今後俺を苦しませ続けるであろう悩みの種だ。


「老日 勇さん。貴方の戸籍は消えています。失踪宣告は既になされている筈なので」


「まぁ、だろうな」


 法律には余り詳しくないが、行方不明になってから三十年経ってるのに、それで戸籍が残ってるってことは無いだろうな。


「つまり、この戸籍を戻す為には失踪宣告を取り消す為の申し立てが必要になる訳ですけど……ちょっと、受け入れられるか分からないですよね」


 今の俺の年齢は二十二。戸籍上の俺の年齢は四十七。今の俺が申し立てに行っても受け入れられるか分からない。そもそも、まだ俺は親と合流すら出来ていない。家が同じ場所にあるかも分からない上に……生きているかも分からない。


「そこで、私が役に立てるという訳です」


「どうするつもりだ?」


 犀川はにやりと笑う。


「私は頭が良くて優秀なので、偉い人とも繋がりがあるんです。その人に頼めば戸籍を戻すくらい簡単ですよ」


「それ、違法じゃないのか?」


「合法ではありますよ。正式な手続きで戸籍を元に戻すだけですから」


 まぁ、そうかも知れないが。


「そんな簡単に引き受けてくれるのか?」


「流石に犯罪に利用しようとしてるとかだったら断られると思いますけど、別に嘘吐いてる訳じゃないですからね。やってくれると思います。一度会うようには言われるかも知れませんけど」


「それ、不味くないか? 会ったら確実に歳が合わないってバレるだろ」


 犀川はチッチッと舌を鳴らした。鬱陶しい。


「老日さんが行方不明になった時期は異界接触現象が起きた時期と近いです。なので、こう言えます……時空間の乱れがある異界に囚われていた、と」


「そんな言い訳で上手くいくのか?」


「大丈夫です。前例があるので」


 あるのか、前例。


「それに、悪意を持って何かしようとしていると思われない限りは大丈夫です。あの人、私には甘いですから」


「……そうか」


 戸籍。身分。それを得られる機会は、そう多くない。しかも、ただ体を調べられるだけという対価で、だ。これは……どうする。断るべきか、受けるべきか。


「そんな感じですけど、どうします?」


「…………受けよう」


 俺が答えると、犀川は満面の笑みを浮かべ、俺の手を引いた。


「じゃあ、早速気が変わらないうちに始めましょう。あ、それか魔術契約しますか? 不安ならそれでも構いませんけど」


「あぁ、契約はしておこう」


「じゃあ、契約書持ってきますね」


「いや、俺が出来る。それで良いだろう?」


 一応、こいつが持ってきた紙は信じない方が良いだろう。どこに罠があるか分からない。


「先ず、契約条件だが……」


 俺は契約魔術を発動し、条件をすり合わせることにした。




 ♢




 犀川と交わした契約は、主にこうだ。


 ・俺は一度だけ身体スキャン等の検査を受け入れる。但し、そのデータを悪用、又は老日勇であることが特定できる形で公表、利用することは出来ない。

 ・犀川は俺の戸籍を戻せる人物に申請し、俺とその人物を会わせる。

 ・お互いにお互いを害を為す目的で動くことは出来ない。


 かなり雑に纏めるとこんな感じだ。三つ目の条項だが、これは何かあれば破る気でいる。悪魔の時もやったが、犀川が契約したのは飽くまで俺の魂のフェイクだ。向こうはこの契約を守らなければいけないが、こっちはそうじゃない。と言っても、こちらから何かする気は無い。飽くまで、念の為だ。


 それより重要なのは、二番目だ。俺の戸籍を戻せる人物と会わせること。犀川は契約である程度信用できる状態にあるが、そいつは別だ。そいつとも会って契約する必要がある、もしそれを断られれば、支配の魔術を使う必要も出てくるだろうな。


「ところで、犀川。このスキャンはいつ終わるんだ?」


「んー、もう少しですよ」


 三度目だな、その台詞は。


「そういえば、研究っていうのは具体的にどんなことをしてるんだ? そんなお偉いさんにまで認められるような成果って言うのは、中々だろう」


「退魔石の改良とかですね。今、日本で使われてる退魔石の殆どは私が改良したものです」


「退魔石……魔物が近付かないようにするやつか?」


「そうです。元々はそこそこの魔物だと余裕で近付いて来ちゃってたんですけど、改良したものだとかなり強くないと近付けないですね」


 なるほど。凄いんだろうな。


「あ、本当にもうすぐ終わりますよ」


「そうか」


 俺は目を開き、何度も体の周りを行き来するリングがまだ元気に動き回っているのを見た。


「はい、終わりです。お疲れさまでした」


「あと、血はこれに入れれば良いんだな?」


「そうです。これどうぞ」


 動き回る機械が血を抜こうとしてきたが、針が通らなかったので俺が自分で血を入れることになっていた。

 という訳で、俺は受け取ったナイフで手首を切った。


「ちょっ、豪快に切りますね!?」


「深めに切らないと勝手に塞がるからな」


 手首に深く入った傷。どばどばと流れていた血は直ぐに止まり、骨まで届いていた断裂は修復され、十秒も経つ頃には完全に治っていた。


「……それ、痛くないんですか?」


「慣れた」


 これより痛い思いなんて山ほどしてきた。今更、この程度の痛みは何も思わない。寧ろ、再生時の気持ち悪さの方が上だ。


「もう一回だな」


 瓶の半分にも届いていなかったのでもう一度切り裂いた。思ったより早く傷が塞がったので、今度はさっきよりも強く切った。


「……痛そうですね」


「やってみるか?」


 視線を向けると、犀川はぶんぶんと首を振った。どうやら、痛いのは嫌いらしい。


「終わりだな」


 瓶に貼られた白いテープの位置まで血が届き、俺は血に濡れた手首をそのまま服の裾で拭った。この服は勝手に浄化されるので、汚しても問題ない。


「ありがとうございました。一応、身体能力のデータなら直ぐ出ますけど、見ていきますか?」


「あぁ」


 折角だからな、見ていこう。犀川が別の部屋に消えたので、俺はスキャン用のベッドに横たわった。

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