吸血鬼狩り
茶色いジャケットを纏った男。歳は中年、その手には燃える煙草を持っている。木の上から語りかける男を、二人は警戒するように見上げている。
「吸血鬼が月光に耐えられるのは、月のエネルギーと太陽のエネルギーが完全に別物だからだ。月は陰の力を持ち、太陽は陽の力を持つ。アンデッドに近い性質を持つ吸血鬼は陰の力を得意とし、陽の力に弱い。それだけの話だな」
「つまらない人ね」
メイアは白けたように言うが、男は気にした様子も無い。
「それで、貴方は何ですか?」
「俺か? 俺は……吸血鬼狩りだ」
明らかに吸血鬼への敵意を持つその響きに、二人は身構える。
「それはつまり、私の敵ってことかしら?」
高まる魔力にも男は動揺を見せず、煙草の煙を吐き出す。
「その通りだ」
ニヤリと笑って言った男に、ステラの体から唸るような音が鳴り、魔力が高まっていく。
「システム再起動。戦闘状態に復帰します」
「敵なら容赦はしないわ。撤回するなら今の内よ」
男は短くなった煙草を空中に放り投げた。すると、その煙草は青い炎に包まれて消え去った。
「撤回は出来ない。俺は吸血鬼には詳しいからな……テメェらのことは良く知ってる」
男は真剣な表情で言い、懐から拳銃を取り出した。
「先に言っとくが、そいつを庇うならテメェも殺す。俺は黒もグレーも等しく殺す。黒が混じった白も、白が混じった黒も、等しく悪だ」
怒気すら混じるその言葉に、二人は息を呑む。
「吸血鬼……言えよ。何人殺した?」
「ッ、私は誰も……血を吸う為に殺したことなんて無いわ」
メイアの言葉に、男の表情は冷たさを増すばかりだった。
「嘘吐けよ。その強さで誰も殺してねぇなんて無理があるぜ。どれだけの血を吸えばそこまでになれるのか……考えるだけで、反吐が出る」
「勘違いよ。血を吸う為に人を殺すなんて、私には出来ない。お母様に顔向け出来ないもの」
男は冷たい目でメイアを睨み、そして銃口を向けた。
「命乞いなんざ、聞きたかねぇよ」
発射された銀の弾丸。それは、ただの銀の弾丸ではない。繊細な彫刻が施され、聖なる祝福を受けた、吸血鬼を殺す為だけの弾丸。
「回避をッ!」
「分かってるわ!」
その効力を看破したステラは叫び、メイアはその場から飛び退いて避けた。
「私は本当に無理やり血を吸ったりなんてしてない!」
「信じられる訳ねぇだろうが。クソ吸血鬼」
木の上から再度弾丸を放つ男。メイアはそれを回避し、唇を噛んだ。
「メイア。説得は諦めて下さい。最低でも無力化する必要があります」
「……そうね」
メイアが頷くと、ステラの背から展開した無数の武装が男の方を向く。
「一斉掃射、開始」
「ッ、何だそれ」
弾丸の雨が男を襲う。それらの照準は全て足や手に向けられていたが、それでもただの人間なら粉々に砕け散って死んでしまうレベルだろう。
「なるほど、流石に吸血鬼の血が入っているだけはありますね」
しかし、男は軽快な動きで弾丸を全て回避し、違う木の上に乗り移った。
「ッ! 何故分かった?」
「……やっぱり」
驚いたように言う男。その理由は、彼が単なる吸血鬼では無いからだ。
「まぁ、良い……そうだよ。確かに、俺はダンピールだ」
「ダンピール……ッ!」
メイアが戦慄したように言った。
「吸血鬼と人間の間に生まれた俺が……ダンピールの俺が、吸血鬼を憎むのは当たり前だろ? 吸血鬼のお前なら、その意味が分かる筈だ」
「……そうね」
男は愛によって生まれた訳では無い。
「俺は、東方だ。下の名前は知らない。それを知るより先に、母親は死んだ」
人間の母は負担に耐え切れず、男を産み落としてからたった数か月で死んだ。
「母親から愛を受けたことは覚えてる。母親の顔も朧げだが、覚えてる。だが、名前だけは……どうしても思い出せないんだよ」
「確かに、貴方の境遇については同情を禁じ得ませんが、私の仲間を殺す理由にはなりません。彼女は貴方の復讐相手ではありません」
男はハッと笑い、銃をホルスターに納めた。
「そうだな。だが、関係ねぇよ。俺がそいつを殺すのは……単に、そいつが人間の敵だからだ。別に、俺は復讐の為に吸血鬼を狩ってる訳じゃねぇ。原動力が怒りってのは、確かにそうだが」
男は木から飛び降り、その爪を伸ばした。
「吸血鬼狩りは仕事で、そしてボランティアだ。誰かに頼まれれば金を貰って殺すが、誰に言われなくても殺す」
男の体に銀色の紋様が浮かび上がり、魔力の光を放つ。
「誰かの為とは言わねぇ。単純に、俺と同じような境遇の奴がどこかに生まれたり、吸血鬼共が楽しそうに人を甚振るのが気に食わねぇ」
男の眼が赤色に変色し、爛々と輝く。
「だから、殺す。テメェもな」
吸血鬼としての力を露わにした男は、鋭く伸びた爪をメイアに向けた。
「『揺れる月明かり、湖面に輝く』」
メイアは諦めたように、言葉を紡ぎ始めた。