吸血鬼
夜も更ける頃、換金を終えて家に帰りついた俺達に届いたのは一つの報告だった。
『吸血鬼による襲撃を受けました』
淡々と報告したステラの声色は冷たかった。
「メイアは無事か?」
『私もステラも無事でございます。ご安心くださいませ』
メイアからの返事も帰って来た。使い魔としての繋がりが消えていない以上、死んでいないのは分かっていたが、事後報告だった故に少し驚いた。
「救援要請も無かったが、弱かったのか?」
『そうですね……』
ステラはぽつぽつと語り始めた。
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ステラとメイア、二人で取材を受けた帰り道。月光の照らす公園を歩いていた。
「少し、寄り道になりましたが……人気も無くて良いですね」
「そうね。月も綺麗で素敵だわ」
誰も居ない公園を二人は歩く。植物園のように無数の草花が彩るその場所には、誰一人として他の人間は居なかった。
「……でも、早く行きましょう。何だか、嫌な予感がするわ」
「そうですか? 私には、直感のような機能が搭載されていないので分かりませんが……メイアが言うなら、信じましょう」
二人は公園を抜けようと歩調を速める。しかし、その瞬間に広い公園を赤い結界が覆っていることに気付いた。
「……どうやら、嫌な予感とやらは当たっていたようですね」
「でも、手遅れね」
メイアは溜息を吐き、この結界の内側を探る。すると、直ぐにその気配を見つけた。
「見つけたわ」
メイアが視線を向けると、何もない場所から三人の男女が現れた。
「あらぁ、バレちゃったぁ?」
「バレようがバレまいが関係は無い。どちらにしろ殺すだけだ」
「隣の奴はどうすんだ? 殺そうぜ?」
真っ赤なドレスを纏った女。深くフードを被った黒い服の男。茶色い襤褸切れを纏い首輪を付けた男。三人からは明らかに敵意と殺意が発せられていた。
「見られた以上は殺すに決まっている」
「ふふ、それが吸血鬼の掟だものね?」
「ギャハッ、良いなぁ! 殺そうぜ! 殺そう!」
それらが完全に敵であると理解した二人は、同時に彼らがメイアを追う吸血鬼の刺客であることにも気付いた。
「ふふ、あはは! アカシアの娘ねぇ! 獣の血! 穢れた獣! 私の手で殺せるなんて最高だわぁ!」
「御免なさいね。私、貴方のようなパッとしない人覚えて無いわ」
微笑と共に放たれたメイアの言葉に、派手なドレスを着た女は表情を怒りで染め上げる。
「小娘が……一生泥でも啜っていれば良かったものを、調子に乗り過ぎたわね」
「そうだ。醜く獣の血に縋りついていれば、ただ足蹴にするだけで許してやっていたというのに……欲をかいたな。人に擦り寄って、媚びるとは……気持ちが悪い」
「ギャハッ、良く分からねえが、もう殺して良いんだよな!?」
メイアの表情が僅かに曇った瞬間、銀の奔流が黒い服の男を貫いた。
「戦闘開始です。メイア」
「ッ、分かったわ」
胴体の半分以上を失った男だが、眼の光は失われていない。
「やって、くれたな……」
「ふふ、良いわ。嬲り殺してあげる」
「ギャハハハハハハハッ!!」
ゆっくりと再生し、起き上がろうとする男。その横を女と襤褸切れの男が駆け抜けた。
「舐めないで」
メイアがステラの前に出る。その体から、ジワリと闇が溢れた。
「『夜の衣』」
夜を思わせる漆黒。それは体にぴったりと纏わりついて染み込んでいく。滲み出す闇の衣はメイアを美しく、そして神秘的に着飾った。
「ッ、何よそれ……何でアナタ如きがそんな繊細な魔術を――――ッ!?」
驚愕に目を見開く女。その腹部をメイアの拳が貫いた。
「脆いのね。吹き飛ばすつもりだったのだけれど」
「ッ、殺してやるッ!!」
口から血を吐きながら女は叫ぶ。しかし、メイアの左手に現れるそれを見て焦りと恐怖を滲ませる。
「『紅蓮武装・潔炎剣』」
「何よ、それ……ッ!」
振りかざされる炎の細剣に女は体を霧に変えて逃れるが、その一部は炎に触れて消えてしまう。
「ッ、ハァ、ハァ……熱いッ、あづい゛ぃぃぃッ!」
霧から元の姿に戻った女は、燃えていた。深い斬撃の痕から噴き上がる炎に女は悶え、苦しんでいる。メイアは女へと向かいつつ、ステラの方を横目に見た。
「ガァアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「膂力と速度。身体性能は目を見張るものがありますね」
ステラと相対する襤褸切れの男。その全身は灰色の体毛が覆い、頭は狼のように変化している。それは正に、狼男とでも呼ぶべき異形だった。
「ですが、知能は低いと言わざるを得ません。攻撃は単調、そして……」
「ガァアアアッ!!」
ステラに飛び掛かる狼男。しかし、足元で光を放つ魔法陣に囚われ、その場から動けなくなる。
「単純な罠にも気付かない」
ステラは右手を開き、狼男に向けた。銀色の光が強まり、そこから銀の奔流が……
「クソ、下等種めが」
黒いコートの男が放った蝙蝠に覆われ、狼男は蝙蝠ごとその場から消えた。何もない場所を奔流が通り過ぎ、ステラは眉を顰める。
「転移能力……厄介ですね」
「黙れ。お前の方がよっぽど厄介だ」
男は苛立ったように言い、指先をステラに向けた。
「『黒血尖』」
一直線に黒い血の線が放たれ、ステラに迫る。
「『合金装甲』」
それが直撃する直前で変化したステラの皮膚。黒い血は、銀色の肌に傷一つ付けることは出来なかった。