ダンジョン
俺とカラスが歩いているのは、ダンジョンと呼ばれる場所だった。石畳で綺麗に舗装された殺風景な空間をただ進む。
「カァ、そういえば……あの時の話を詳しくしてなかったな」
「あぁ、俺を知ってる女の話か?」
浅間大神を名乗る敵をカラスとその女で倒したという話は聞いたが、まだ詳しくは聞いていなかった。
「まぁ、色々やらかしたからな……俺のことを知ってる奴が居ても、おかしくは無い」
「……こりゃ勘だが、そういう感じじゃないと思うぜ?」
勘。か。カラスの勘は馬鹿にならないだろう。
「知ってる感じがするって言い方も、ボスのことを勇って呼んだのも、違和感がある」
「確かに、そうだな」
俺のことを話で聞いたような奴なら、少し違和感がある反応だろう。どこか、親しさのようなものを感じる。
「……見るのが早いな」
「あぁ、良いぜ」
俺は主従のパスを通じてカラスの記憶に接続し、その日の記憶を探った。
『ん、カラスちゃん……』
『何だよ』
こちらに顔を寄せる少女、カラスの記憶を通じて目が合うような錯覚と共に、俺は眩暈がした。
「……何故、だ?」
俺は呆然と呟く。
『知ってる感じが、する』
ジーッとこちらを見る少女。その名前を、俺は知っている。
『……勇』
「……瑠奈」
俺の古い記憶に根付いた少女。忌まわしく閉ざされた記憶の中で輝いていた光。
「だが、何故だ?」
生きていることは分かる。寧ろ、安堵さえある。
「――――若過ぎる」
しかし、その少女の姿は……俺の記憶にある姿から、ほとんど変わっていない。本来であれば、四十歳は超えている筈だ。
「魔術で歳を誤魔化してるのか……?」
だが、それにしては言動そのものも少女のように見える。
「どうするんだ? オレなら探し出せると思うが」
「……保留だ」
会ったとして、何を話せばいい。そして、何の意味がある。
「本当に良いのか? その反応、ボスの知り合いなんだろ?」
「あぁ。今は、良い」
過去を掘り返すのは疲れる。今も楽しそうに生きているのは分かったんだ。俺のような亡霊が関わる必要も無いだろう。
「敵だ」
「おぉ、敵だな」
俺の視線の先、スケルトンが立ち上がる。
「カタ……」
「カラス、やっていいぞ」
「オレか? まぁ、良いけどよ」
カラスの足元、影が蠢いて骨の足を掴み、影の中に引き摺り込んだ。
「出来るだけお前が殺して強くなった方が良いだろう」
「だが、ダンジョンの魔物は魔素の吸収率が悪いんだろ?」
あぁ、そういえばそうだったな。
「まぁ、それでも俺が殺すよりは良いだろう。一応、コアを破壊すれば膨大な魔素が手に入るぞ?」
「……オレがそんなことをやると思うか?」
やらないだろうな。くじを引いて当たれば黒岬のような力を、外れれば死を……と言っても、俺が居れば何度でもトライさせることは出来るが。
「冗談だ。コアを破壊すれば、流石に目を付けられる」
そもそも、コアの破壊は許可なく行うことは出来ない。黒岬のようなやむを得ない場合は別だろうが、ダンジョンはれっきとした国の資産だ。その破壊には重い罪が伴う。
「カラス、敵だ」
「はいよ」
決して広くない通路の奥から現れた三体のスケルトン。彼らがこちらに向かって駆け出した瞬間に足を掴まれて地面に倒れ、そのまま影に呑まれて消えていった。
「カァ、魔石が落ちたぞ」
「あぁ」
小さな紫色の石が影の腕からひょいと渡される。それは、魔石だ。ダンジョンの魔物は死体も残さず、得られる魔素も少ない代わりに……魔石を落とすことがある。
「なぁ、これ一個いくらなんだ?」
「知らんが、一個数千円くらいらしい」
魔石が落ちること自体、どちらかと言えばレアらしいので多分合っているだろう。この魔石に貯蓄できる魔力はタカが知れていると思うが……まぁ、地球基準で言えば十分なんだろう。
「話してる内にまた出てきたぞ」
今度は七体。かなり多いな。前衛と後衛が綺麗に並び、全員が装備を身に纏っている。精鋭部隊とでも呼ぶべき集団の登場に、俺はチラリと肩の上のカラスを見た。
「カァ、面倒臭ぇな」
しかし、一切の問題なく影が膨れ上がり、骸骨達を呑み込んだ。構えられていた杖や剣、どれもが意味を為すことなく影に沈み、消えていった。
「……正に、土俵が違うな」
「ハハッ、そうしたのはアンタだ。ボス」
この様子なら楽勝でコア前まで行けそうだな。
「しかし、能力の使い方もかなり上手くなったな」
「おぉ、そうか?」
嬉しそうに聞き返すカラス。本人にも実感はあるのだろう。
「あぁ、明らかに技術が向上してる。影の操作精度、能力の発動速度、どれをとってもな」
影の中に敵を呑み込むというのも、最初は出来ていなかった筈だ。
「――――誰か助けてッ!!」
悲痛な叫び。俺は白けたような目でカラスを見た。
「頼んだ、カラス」
「何でだよ」
嫌そうな顔をするカラスに、俺は主としての権限を行使した。




