神力の身体
♦……side:老日
神力の首がごとりと地面に落ち、その形を失って消滅した。
「遅かったのじゃッ! 待っておったぞッ、老日勇ッ!!」
「あぁ、悪い。だが、これでも死人はゼロに抑えて来た」
戦場を駆け巡り、一人も死者を出さないように陰から手を伸ばしていたんだが、玉藻前ですら対処が不可能になった鬼神を見て、姿を現さざるを得なかった。
「『ォ、ォォ……やってくれたなァ』」
「流石に死なないか」
既に戦闘術式は肆式で開放している。
「『ク、クク……楽しみだぜ……テメェのような強者を殺すのがなァ』」
「そうか」
玉藻の時と違い、今回は正面戦闘だ。転移で逃げ回られるようなことも無いだろう。
「生まれたての鬼神……神殺し、というには少し格が足りないが」
俺は手を伸ばし、持っていた剣を消し去って別の剣を引き抜いた。
「使ってやる。神殺しの剣だ」
血脈のような赤い線が走る純白の剣、その銘は魔剣ヴァルターラ。英雄の恨みだけが満ちる、神器だったものだ。
「『あァ……それは、嫌な感じがするなァ』」
「この剣には神殺しの前例がある。そして、俺自身にも」
それは言わば、属性の活性化。
「『神殺し』」
「『ッ、これ以上は看過出来ねェなァ!』」
俺から溢れる神力が、より先鋭に尖ったように感じた。
「そしてアンタは、強くなり過ぎた。今はもう、世界の敵だ」
振り下ろされる刀をギリギリで回避すると、刃から溢れる緑の神力が稲妻となって襲い掛かるが、俺の神力に弾かれた。
「『大敵の滅殺』」
俺の勇者としての運命が、騒ぎ立てている。目の前の鬼神は世界の敵であると、故に、この力が有効になる。
「俺は、そういう奴に強いんだ」
「『ッ!?』」
振り下ろされた大嶽丸の刀を弾き返した。俺の勇者としての運命が騒ぎ立てている。目の前の鬼神は世界の敵であると。
「『ふざけるんじゃねェ……ッ!』」
「魔術も自由に使えるし、敵も逃げない。あぁ、最高だな」
ソロモン戦のように魔術を封じられることも無く、玉藻戦のように逃げ回られることも無い。
「『なァッ!?』」
大嶽丸の刀を再度弾き、生じた隙に蹴りを叩き込む。それだけで、大嶽丸の神力で作られた体がぶわりと揺れた。
「アンタの相手は、楽で良いな。アンタは確かに強いが……制限無しで戦えるなら、俺に勝てる奴はいない」
「『て、テメェ……ッ!』」
大嶽丸は動きに精彩を欠いている。俺は大嶽丸が刀を振り上げた瞬間に剣を振るい、腕を斬り落とした。
「焦ってるのか?」
「『ぐ、ォ!?』」
首を斬り落とそうとするが、大嶽丸は俺の剣をギリギリで避けたので、代わりに蹴りを叩き込んだ。
「最後に、一つ言っておくが……」
「『し、死ねェ……ッ!』」
天から緑の雷が降り注ぐ。俺はそれらを先に感知し、全て回避した。
「『消えろォオオオオオオオオオオッ!!』」
止めとばかりに、巨大な雷が降り落ちた。しかし、既に俺はそこに居ない。
「神力のみの身体は、弱いぞ」
「『ぐ、ぬ――――ッ』」
大嶽丸の目の前に現れた俺は、反応されるよりも速く剣を振り下ろした。
「『ぬ、ォ……俺、サマ、がァ……死ぬ、のかァ……?』」
「あぁ、アンタは死ぬ」
真っ二つに裂けた大嶽丸。神力のみの肉体は、神殺しの力によって簡単に崩壊した。再生することも無く、大嶽丸は地面に崩れていく。
「『い、や……顕明、連……は、ハハッ、俺は死なねェ……これが、ある限りィ……』」
「気付いてないのか?」
大嶽丸の足元に転がった刀。それが三つに分かれ、元の姿を取り戻す。大通連、小通連、顕明連だ。
「もう、アンタの魂は顕明連と繋がってない」
「『……馬鹿、なァ……そんな、ことが……ァ』」
大嶽丸の体は完全に崩壊した。本当の意味で完全な神力に戻り、それらは三つの刀に吸い込まれていく。
「最後の言葉がアレとは、憐れな奴じゃな」
「……因果応報だ」
大嶽丸は混乱の中で死んだ。何も理解することなく、何故負けたのかも分からないまま、死んだ。だが、幾ら未練があろうと復活することは無い。俺が、そう殺したからだ。
「大丈夫? お疲れ様っ!」
「蘆屋か」
声をかけて来たのは蘆屋だ。だが、珍しく愛想を振りまいている。
「どうした?」
蘆屋がちょいちょいと手をこまねくので、耳を近付けると、囁くような声で蘆屋は喋り出した。
「こんだけ目立っちゃうと、色々面倒臭いでしょ? だから、僕が抑えてあげる」
「……あぁ、そういうことか」
陰陽師達への牽制をしてくれる、その前準備として俺と親しい様子を見せておく必要がある訳だ。
「何じゃ、謀か?」
「いや、本当は姿を隠しておくつもりだったんだが……こうして、顔以外は見られてしまったからな。その牽制をしてくれるらしい」
玉藻はそれを聞いて、ふんと鼻で笑う。
「そのくらい、吾に任せておくのじゃ」
玉藻はその大きな妖狐の姿で、頭を高く上げ、息を吸い込んだ。
「聞け、皆の者ッ! この仮面の者は吾の友にして親愛なる仲間じゃ! 吾の許可を得ず言い寄るようなことは許さぬッ! 素性を探ることも許さぬ! 良いなッ!」
玉藻は戦場に残っている数少ない陰陽師達に向けて言い放った。それを蘆屋は忌々しそうに見ている。
「何じゃ、小娘」
「……女狐め」
言い放つ蘆屋に、玉藻はにやりと笑みを浮かべた。
「ふん、年季が違うのじゃ」
言い誇る玉藻を無視し、蘆屋は俺の方を向いた。
「ねぇ、勇。途中、僕のことを助けてくれたよね」
「ん、良く分かったな。一応、気付かれないようにやったつもりだったんだが」
戦場を駆け巡って味方の死を防いでいた俺は、蘆屋の手助けもしていた。と言っても、相手の術を阻害したり、足下を崩したりと気付かれない程度のことだが。
「えへへ、ありがとね。勇に見守られてるって思うと、安心できる」
「……あぁ」
俺の背後から、妖気が立ち昇っているのが分かった。




