陰陽師
現代を生きる陰陽師の頂点、それは安倍晴明の血を引き継ぐ名家の家長、土御門 天明だ。
「行くぞ、九尾の狐よ!」
「吾の炎に巻き込まれても知らんからの、人間」
玉藻に先んじて攻撃を開始しようとする天明。しかし、次の瞬間にはその場から消え失せていた。
「ぬッ!?」
驚愕に目を見開く天明。だが、驚くのも無理は無いだろう。天明はこの戦場に無数の備えを持って赴いている。何の抵抗も出来ずにこうして転移されることなど、普通は有り得ないのだ。
「参ったな……俺がこうも容易くしてやられるとは」
自己評価の高い天明だからこそ、この状況には危機を抱いていた。その場所は一面が紫色に歪んだ奇妙な空間。禍々しいというよりも、単純に気持ち悪い空間だ。
「姿を現せ、分かっているぞ」
天明の言葉に、空間が歪んで三体の妖怪が現れる。
「ふん、儂らを見破るとはな。流石は陰陽寮の長と言ったところか」
先頭に立ったのはキメラのような異形。猿の頭に虎の体、そして蛇の尻尾を持つ。
「鵺か」
天明は驚いた様子も無くそう言った。
「しかし、妙だな。俺をここに招いた術……妖術の気配も陰陽道の気配もない。魔術や呪術とも違うだろう。一体、何をした?」
「俺、だ」
鵺の背後から答えたのは、紫と白の和装に身を包んだ骸骨だ。しかし、その頭からは鬼のような角が一本生えている。
「お前は……何だ? 単なる骸骨か?」
「違、う……俺は、俺は……分から、ん」
その骸骨の手には抜き身の刀が握られており、その刀からも凄まじい妖力が溢れている。
「だが、この場所は……俺の、力だ」
続いて、顔の無い男が鵺の後ろから現れた。のっぺらぼうと呼ばれる妖怪だ。
「彼については良く分からないが、彼の力は人の世で異能と呼ばれているものだ。詳しくは知らないが、魔にも妖にも何にも属さぬ意味不明な力とだけ聞いた」
「……随分と話してくれるじゃないか」
天明の言葉に、鵺が笑う。
「なに、冥途の土産と言う奴よ」
「そうかそうか、それは助かった。手ぶらで三途の川は渡れんからな」
天明も笑い、そして懐から式符を取り出した。
「いやぁ、助かった! 随分と時間をくれたからな!」
「ッ、不味いぞッ!」
鵺の叫びと同時に、十二体の式神が天明を守るように現れ、そして天明から青い霊力の奔流が放たれる。
「私に任せろ」
鵺の前に立ったのっぺらぼう。その体に触れた霊力の奔流は男の体をつるりと滑り、傷付けることなく受け流される。
「物量作戦で行かせて貰おう!」
既に顕現している十二体の鎧を纏った式神。そこから更に追加で式符が大量に宙を舞った。
「いやぁ、俺は式神作りが趣味でなぁ! つい、創り過ぎてしまう!」
現れる大量の式神。それは獣の形をしているものもあれば、紙をそのまま加工したような珍妙なものもあり、正に多種多様な式神がそこに溢れ出した。
「ここならば好都合。誰に迷惑をかけることもあるまいよ!」
「……その式神、ここで全て燃やし尽くしてやろう」
鵺は苦渋の表情を浮かべながら言い放ち、駆けるようにして空を飛んだ。
「ハハハッ、やってみろ!」
「あぁ」
豪快に言い放つ天明に向かって、角の生えた骸骨が駆け抜ける。
「『紫怨刀』」
刀が振るわれると同時にその刃から紫の妖力が溢れ、一振りで触れた式神を全て消し去った。
「ほう、一撃か」
感心するように言う天明。骸骨に向けて数多の式神から同時に攻撃が放たれる。炎や矢、剣に刃。目に見える物から見えない物まで、あらゆる攻撃が殺到する。
「む、厄介だな」
しかし、目に見える全ての攻撃は骸骨の体をぬらりと滑って通り抜け、ダメージを与えることは無かった。逆に、骸骨に対して直接効果を作用させる術は一応意味を為したようで、骸骨は一秒程度その場で停止した。
「だが、対処は分かったぞ」
天明は式符を取り出し、のっぺらぼうを睨む。それを見た鵺が嘶くように声を上げ、天明に紫色の雷を落としたが、天明の体を守るように障壁が生まれ、天明は守られた。
「『呪冥落病』」
「ぐッ!?」
のっぺらぼうの体内から黒い何かが溢れ出し、膝を突く。
「『虚葬心崩』」
続いてのっぺらぼうの胸の辺りが球状にぐにゃりと歪み、回転しながら小さくなって消滅した。体の二割程度を失い、体の内側から溢れ出す呪いに耐えきれなくなったのっぺらぼうは地面に倒れ、消え去った。
「おっと、どうした? 一人やられてしまったぞ?」
「黙れ貴様……ッ! 『我こそ雷獣』ッ!」
鵺の体から紫電が迸り、その動きが格段に速くなる。
「十二護将よ、守り給え」
天明の言葉に、十二体の鎧を纏った式神から霊力が溢れ、彼らは天明を囲むようにして膝を突いた。
「『紫轟雷』」
落ちる巨大な紫の雷。しかし、十二体の式神を起点に、天明を守る青い結界が展開され、雷は防がれた。
「鵺、よ……王は任せろ……」
「ぬぅ、良かろう」
天明に向かって行く骸骨。その道を開けるように空から紫雷が降り注ぎ、式神を焼き尽くしていく。
「トオサヌ」
「退、け……ッ!」
立ち塞がったのは両手に一本ずつの太刀を握った鎧武者。
「ヒカヌ」
「斬り、殺す」
骸骨は振り下ろされた鎧武者の二つの太刀を飛び越えるようにして避け、そのまま鎧武者の首を斬り落とした。




