四鬼と式神使い
妖怪と陰陽師。その人数差は十倍以上だが、戦況は拮抗しているように見える。
「何だこれッ、こんな戦場初めてだぞッ!」
「無駄口を叩くな、隆財」
暴風が吹き荒れる戦場。空は黒雲が埋め尽くし、雷は人間だけを狙って落ちる。反対に、戦場を飛び交う無数の青い火の狐は妖怪だけを狙って襲っている。
「危険を感じる者は少数で固まれッ、式神に周囲を守らせろッ!」
必死に指示を出すのは土御門影人、天明の弟だ。天明よりも真面目で正義感が強いが、戦闘力では天明に劣っている。
「『秒の進、廟に落つ』」
「暢気に唱えてんじゃぼふぁッ!?」
目を瞑って印を結ぶ陰陽師へと襲い掛かろうとした鬼に、地面から飛び出して来た砂の鮫が食らいついた。
「『二輪奔走、滅妖敵者、急急如律令』」
二本の鉄輪が宙を舞い、次々に妖怪を斬り殺していく。
「良くないね。君のその術、良くないよ」
青い鬼が現れ、鉄の輪に指先を向けると水が生まれて二本の鉄輪を呑み込み、術者の下へと送り返す。
「なッ!」
「……後ろから、失礼」
そして、術者の影から黒い鬼が現れて男の肩を掴む。迫る自分自身の鉄輪に焦りながらも式神に庇わせ、何とか術を消去し、鉄輪は男の目の前で消えた。
「でしたら、私が失礼致します」
代わりに現れた緑の鬼が男に指先を向けると、緑に色付いた風の刃が巻き起こり、男に向けて射出された。
「『鉄塵障、ぐッ」
防御を展開しようとする男だが、黒い鬼に口を抑えられて阻止されてしまう。迫る風の刃は今度こそ男の命を……
「お願い、アオ」
「チチチッ!」
刈り取ることなく、男の体は転移された。
「ッ、アンタは……蘆屋の神童か」
「あは、懐かしい呼び名だね」
その男の隣に立つ少女は蘆屋干炉。肩には青い鳥を乗せ、その手には式符を握っている。
「取り敢えず下がってて、こいつらの相手は僕がするから」
男は蘆屋の言葉に素直に従い、その場を離れた。
「邪魔だねぇ。邪魔するのなら、殺すだけ」
「厄介そうな女です。早々に処理してしまいましょう」
青い鬼と緑の鬼が前後を挟み、黒い鬼はどこかへと消えた。
「『錐領護結界』」
四角錐の形に結界が張られ、水流と風の刃を受け止める。
「『式神召喚』」
三枚の式符を放り投げる蘆屋。結界の中を舞う紙の中から文字が抜け落ちる。
「『恨み砕く犬神、イリン。圧し殺す鬼熊、フジ。連なる式の鳥、シロ』」
白い毛並みに黒い斑模様の獅子のように大きな犬、直立歩行する二メートル超えの熊、赤い目を持つ白い鴉。
「アォオオオオオオオオオオオオオンッ!!」
「グォオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「共に並んで戦えるとは……光栄です、主様ッ!」
現れた式神達を前に鬼はじりじりと後退り……
「千方様に仕えし四鬼が一人、金鬼様のお出ましだァッ!!」
「来てくれましたかッ、金鬼ッ!」
現れたのは金色に輝く体を持つ大柄な鬼。その横に青い鬼と緑の鬼、そして小柄で痩せ細った黒い鬼が並ぶ。
「こんにちは、僕は青鬼。名を水鬼」
「私は風鬼、その名の通り風を操らせて頂きます」
「……小生は、隠形鬼」
「オレは金鬼、オレの体は鋼より硬ェよォッ!?」
並んだ四体の鬼に、蘆屋は冷めた目を送った。
「……あっそ」
四体の鬼は蘆屋の態度に怒りを示し、睨みつけた。
「テメェ、舐めんじゃねェぜええええッ!!」
「フジ」
無手で駆けてくる金鬼に鬼熊のフジが走る。取っ組み合うようにお互いが両手を伸ばした。
「うぉおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「グォオオオオオオオオオオオオッ!!」
互いの両手を握り潰そうと力を籠めながら相手を押し込めようとする両者。しかし、一秒もしない内に金鬼の体が後ろに傾き、地面に押し倒される。
「なッ、馬鹿なァッ!?」
「大丈夫ですか金ぐぼぁッ!?」
駆け寄ろうとした風鬼の背後から現れた真っ黒な猫が漆黒の爪でその首を掻っ捌いた。
「……隙、有り」
「無いよ」
ぬるりと蘆屋の影から現れた隠形鬼が蘆屋の首を掴もうと手を伸ばす。
「な、なななッ」
「悪いけど、影から出てくる相手には嫌な思い出があるから……対策済みなんだよね」
しかし、隠形鬼の体は蘆屋の体を離れて形を変える影に包まれ、全身を拘束された。
「仕方なし。となれば僕は、逃げ――――」
「――――アォオオオオオオオオオオンッ!!」
踵を返して逃げようとする水鬼の背後から飛び掛かった犬神のイリン。鋭く伸びた爪で水鬼の背を切り裂いた。
「さて、ちょっとだけ面倒臭そうなのは倒せたね。次は……」
全ての鬼が戦闘不能に陥り、勝利を確信した蘆屋は次の標的を探す。
「ッ!」
「チチチッ!」
蘆屋の居た場所に拳が振り下ろされる。ギリギリでアオに転移された蘆屋は、それを見上げる。
「やってくれたなぁ……良くも、俺達を殺したなぁ……」
そこに居たのは、五メートル程の背丈の巨大な鬼。黄金の体には風と水が流動するように纏われており、足元からはドロドロとした影が漏れ出している。
「この恨み、晴らさでおくべきかぁあああああああッッ!!!」
「なるほどね」
蘆屋は納得したように言い、目の前の鬼の正体に当たりを付けた。
「四体分の怨霊……霊鬼の類いに変化したかな」
だが、蘆屋は焦った様子も無く巨大な鬼を視界に捉えつつ、式符を取り出した。




