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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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味方か、敵か。

 幾度となく放たれる弾丸や魔術をリザードマンは傷一つなく受け止めている。


「あの黒蜥蜴を誰か止めらんねえのかッ!」


「ッ、足止めを試す……!」


 黒い岩の体を持つリザードマン。その体には岩の亀裂を通るように赤く煮え滾ったマグマの光が見える。溶岩蜥蜴とでも言ったところだろうか。


「『樹晶凍結(ツリーフリーズ)』」


 リザードマンの足元が凍り付き、そのまま全身を氷が覆って成長していき、一本の氷の木が生まれた。


「キシシ」


 氷の木が砕けた。リザードマンは何事も無かったかのように歩き出し、そしてその手に持った黒い岩の剣を掲げる。


「クソッ、駄目だッ! 簡単に抜けやがった!」


「しかも、能力持ちだ……これは、ヤバいぞ」


 黒い剣が赤く輝き、炎を噴き出す。刃に炎を纏った剣を満足気に眺めると……リザードマンは駆け出した。


「ッ、来るぞ!」


「キシシ!」


 人々の待ち構える数十メートル先、リザードマンが前方に跳躍した。一瞬で距離を詰めるリザードマンにハンター達は目を見開き……



「『――――紅潔矢(スカーレットアロー)』」



 赤い血の矢が、リザードマンの眉間を貫いた。


「ふふ、皆さん御機嫌よう」


 いつの間にかそこに現れていた吸血鬼の少女は、倒れるリザードマンの横で優雅に笑みを浮かべた。


「私はメイア。高貴なる吸血鬼よ」


 メイアは空を飛ぶ報道ヘリに視線を向けて笑った。


「きゅ、吸血鬼……?」


「ヴァンパイアってことは、敵なのか?」


「魔物、の筈だが……」


 ハンター達は現れた少女に困惑し、警戒しつつも攻撃はせずにいる。


「だが、助けてくれたん……だよな」


「しかも、このキュートな姿……味方に決まってる!」


「黙れ変態。とは言え、襲い掛かって来る様子も無いからな……」


 メイアは美しく可愛らしい少女だ。しかし、命を賭けて異界で戦う彼らはにとって、それは警戒を解く理由にはならない。一部を除いて。


「ふふ、どうか怖がらないで……私は、貴方達の味方よ」


 メイアは微笑みを浮かべ、そして迫り来る魔物の群れに振り向いた。


「『彷徨いの闇ヴァガリ・イグノラティア』」


 メイアから八つの闇が放たれる。不定形のそれは不規則な動きで空中を彷徨いながら魔物の群れに向かって行く。


「ッ、魔物が……消えていく」


「この子、相当強いぞッ! マジで何者なんだ?」


「吸血鬼が表舞台に姿を現すとはな……」


 ハンター達の前に立ち、魔物を葬っていくメイア。その様子を、報道ヘリも映している。


「魔物がッ、魔物が闇に呑み込まれていきますッ! 突如現れた吸血鬼を名乗る少女が、次々に魔物を倒していきます!」


 女のリポーターが興奮した様子で叫ぶ。上空にあるヘリだが、集音機能によって地上の声もしっかりと捉えている。


「『夜の衣(ウティノクティス)』」


 メイアが夜の闇を纏い、その身に染み込ませていく。


「ふふ、始めましょうか」


「吸血鬼の少女がッ、闇を纏って……魔物の群れに飛び込んでいきますッ!」


 自ら飛び込んでいくメイア。一瞬で魔物に囲まれるメイアだが、血の刃によって容易く魔物達を葬っていく。


「ッ、俺達も行くぞ!」


「……流石に、一人に任せる訳にはいかないな」


「あぁ、行こう。俺達もハンターだッ、見てるだけじゃ格好が付かねえからなッ!」


 一人で群れに立ち向かうメイア。その姿を見たハンター達も、加勢するように後を追っていった。




 ♢




 青木ヶ原樹海。異界と化したその地から溢れ出した魔物達は、その外で待ち構えていたハンター達とぶつかっていた。


「ッ、撃てッ! 燃やせ!」


「駄目だッ、こいつら炎が効かない!」


 巨大な木の魔物。二本の足で歩き、大きくてひょろ長い手を伸ばすその様は人間のようにも見える。


「クソ、エルダートレントだ!」


「しかも、一体じゃないぞ……何体居るんだよッ!?」


 その表情に焦りと恐怖を滲ませるハンター達。その背後から巨大な炎の塊が放たれた。


「『紅蓮火葬』」


 紅蓮の炎はエルダートレントの上半身を丸ごと呑み込み、一瞬で焼き尽くせはしないものの、ドロドロに溶かした。


「ふぅ、私なら倒せるわッ! 皆、アイツの処理は私に任せて!」


 それを放った赤髪の少女、燃野(もえの)嬌花(きょうか)は自慢げに笑みを浮かべ、再度火球を放つ為のエネルギーを貯め始める。



「――――グォオオオオオオオオオオッッ!!!」



 恐ろしい咆哮が響いた。直後、富士の樹海の中から木々の背を超えて一つの巨体が起き上がる。黒い体をした一つ目の巨人だ。


「何だ、アイツ……ッ!」


「ッ、黒坊主だッ! 噂には聞いてたが、本当に居やがったのかッ!」


 木々を軽々と超えるような巨体。特殊な能力などないシンプルな魔物だが、それ故に対処は難しい。


「『紅蓮火葬』」


 燃野は標的を木の巨人から黒の巨人に変え、炎の塊を放った。


「グォオオ」


「そんなッ!?」


 巨人は手の甲で払い除けるように炎の塊を弾き、殆ど無傷で燃野を見下ろした。


「アレで通じねえなら……逃げるしかねえぞッ!」


 一瞬で判断を下した男に、周りは頷く。


「退避陣形だッ、可能な限り動きを遅延させながら下がるぞッ!」


「燃野さん、アンタは木の巨人を出来るだけ減らしてくれッ!」


「ッ、分かった!」


 即座に陣形を変えながら後ろに下がっていくハンター達。


「ガウッ、ガゥゥッ!」


「来んじゃねえッ!」


 追い縋るように飛び掛かって来る緑の狼。大剣を持ったハンターは焦ることなく刃を打ちつけ、狼を弾き飛ばす。


「グォオオオオオオオオオオオオッ!!」


「『小細工(チープトリック)愚者の穴(ブービーピット)』」


 凄まじい勢いで走り始める巨人。その足元の地面に突然穴が開き、巨人は体勢を崩して転倒した。


「よっしゃッ、そこで寝てやがれッ!」


 その罠を用意した男は冷や汗を浮かべながら笑い、震える足で走っていく。


「グ、ォオ……グォオオオオオオオオオッッ!!!」


「ヌゥゥゥゥッ!?」


 巨人は怒りの形相で起き上がり、隣を歩く木の巨人の首根っこを掴み、思い切り放り投げた。


「や、ヤバいぞッ! 投げやがったッ!」


「『紅蓮火葬』」


 飛来する木の巨人に対し、燃野は冷静に火球を放った。木の巨人は頭から炎に呑まれ、空中でドロリと溶けてハンター達に届く前に液体と化した。


「グォオオオオオオオオッ!!」


「ッ、次が来るぞッ!」


「だ、駄目ッ! 間に合わないわッ!」


 しかし、黒の巨人は直ぐに次の木の巨人を捕まえ、ハンター達に投擲した。今度は燃野も間に合わない。迫る圧倒的な質量に対し、ハンター達は絶望の表情を浮かべ……



「『――――銀粒砲(アルゲントゥム)』」



 銀の奔流が、木の巨人を吹き飛ばした。

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