剣士と狐
最後の一人だ。俺の背後で玉藻が立ち上がった。
「ふん、漸く吾の出番か」
玉藻は九つの尻尾を揺らしながら舞台に向かって行く。服装も相まって、全体的に動きづらそうだ。
「遂に玉藻の実力を見られますね、主様」
「あぁ、そうだな。こっちの残りは五人か……瓢、どうだ?」
瓢はチラリとこちらを見る。
「んー、分からないけど、少なくとも僕に番が渡って来たら負けるよ。どれだけ玉藻が消耗してても僕じゃ勝てないからね」
「……堂々と言うことじゃないだろう」
まぁ、正面戦闘でこいつが勝てそうな雰囲気は感じないが。
「玉藻は何をしてくるんだ? 能力の少しくらいは知ってるだろう」
「何でも出来るよ、玉藻はね。霊力の扱いにも精通してる。ただ、やっぱり一番得意なのは……火術と幻術だろうね」
火と幻か。概ねイメージ通りではあるな。
「それと、玉藻は……物凄く、しぶといよ」
「しぶとい?」
執念深いとかなら、イメージもあるが。
「まぁ、僕が語るまでも無く……どうせ、今から見れるよ」
「確かに、それもそうだな」
玉藻と言えど、相手は霧生だ。そう多くの手札を温存は出来ないだろう。
♦……side:霧生
目の前に立つは大妖怪、玉藻前。九尾の狐。
「まさか、老いてなおこのような場があるとはな」
「その歳では老いの内に入らんじゃろう」
そうかそうか。老日殿に若返らせて頂いたからな。
「若く見えるかも知らんが、儂は六十だ」
「……肉体の年齢は確実にその程度じゃが、確かに魂はそうじゃな」
十二単の中から扇子を取り出し、玉藻はパサリと広げた。
「さて、長い余興は終いじゃ。中々、楽しませてもらったぞ」
「くッ、ははッ! 余興と来たか」
怪訝そうな目で睨む玉藻。
「余興じゃ。吾が全てを壊すまでの余興、そうじゃろう? たった五人で、しかも一対一で吾に勝とうとは……傲慢というものじゃ」
「そうか、傲慢か……」
俺は刀の柄に手を当て、吸い込んだ息を吐き出した。
「――――人を舐めるなよ、狐」
俺の言葉に、玉藻は表情を変える。
「舐めておるのはどちらかの? ただの人間が、単身でこの吾に勝とうとは……傲慢じゃろう」
「傲慢は、お前だ」
全身から闘気を滾らせる。あぁ、心地が良い。怒りと闘気は、相性が良い。
「ふん。ならば、証明して見せよ。ほれ、どこからでも良いぞ?」
「あぁ、証明してやろう。俺の孫を余興扱いした、お前に」
怒りは闘気に乗せろ。だが、刀には乗せるな。震えた刃は弱い。
「闘気を、祈りを、陽光を」
予めこの刃と鞘に陽光を貯めてはおいたが、陽の差さぬこの場所ではそう長くこの力を使うことは出来ない。だが、元より長く使う気も無い。
「さぁ、狐狩りだ」
白い刃が紅蓮に染まり、赤々とした炎を噴き出す。玉藻を見ると、驚きと嫌悪が混ざったような表情を浮かべている。
「天日流と聞いた時から嫌な予感はしておったが……やはり、お主もその剣か」
「然り」
一歩踏み出し、そのままの勢いで玉藻の眼前まで距離を詰める。俺はそのまま玉藻の体に突っ込み……
「舐めるなと、言った筈だ」
「ッ、騙せぬか!」
玉藻を擦り抜けた。そして、その奥で姿を隠した本体に刀を振り下ろす。
「天日流、落陽」
袈裟懸けに振り下ろされた刃。しかし、玉藻は青白い炎の霊体となって一瞬で遠くまで逃げた。
「確かに、少しはやるようじゃのぉ! 面白い!」
「天日流、光炎列散」
遠い位置の玉藻に向けて刀を振るう。それだけで凄まじい量の炎が斬撃となって放たれ、地面に炎を撒き散らしながら玉藻に迫る。
「だが、吾を相手に炎とは分が悪かろう!」
「天日流、九陽之幻」
炎の斬撃は玉藻に掻き消されたが、舞台の上は火の海と化した。その状態で儂は自身の闘気と気配を揺らし、あらゆる場所に散らばらせた。
「なるほどのぉ……じゃが、吾には見える」
「ッ!」
玉藻の背後を取ったが、気付かれた。そうか、魂を見られたか。それだけは、儂では隠しようがない。
「天日流、剣神楽」
しかし、至近距離まで近付けたのは好機だ。逃しはしない。この距離であれば、霊体になってもこの刀で斬れる。
「むッ、激しいの……ッ!」
最小限の動きで、最大量の斬撃を叩き込む。反撃も回避もさせぬ、斬撃の雨。そして、この刀があれば……
「ぐッ、障壁を斬るかッ!」
障壁でも切り裂ける。刃は障壁を破り、そのまま玉藻の肩を切り裂いた。障壁を構成する力そのものを斬るのが、この刀だ。故に、障壁は無意味となる。
「もう、良い……終わりじゃッ!!」
「ッ!」
玉藻の体から凄まじい勢いで妖力が溢れ、青白い炎が十二単の中から溢れ出す。
「『九尾解放』」
玉藻の体が浮き上がり、九本の尾と狐の耳が黄金色の光を放つ。
「吾を追い詰めるというのであれば、よかろうッ! 茶番は終いじゃッ!!」
九本の尾に蓄えた全ての妖力を解放し、玉藻は扇子を天に向けた。
「『狐霊火』」
扇子の先から青白い炎が噴き出し、無数の狐となって儂に迫る。
「……時間が無いな」
体内が少しずつ焼かれるような感触がある。これ以上は不味いだろう。そもそも、陽の通らぬこの場所では天照の力を維持できない。
「これで、最後としよう」
儂は目を瞑り、迫る無数の狐火を切り裂きながら空中に浮く玉藻の足元まで駆けて行く。
「ほう、この炎を斬るか。どうやら、その刀に絡繰りがあるらしいのぉ」
「天日流……」
全ての狐火を切り裂いた儂は玉藻の下で構えを取る。
「させぬぞ」
瞬間、全身に鳥肌が立った。
「『滅雷火落』」
「紅鏡」
青白い落雷。頭に迫るそれを赤い刃で真っ直ぐに弾き返した。跳ね返った雷は玉藻に触れた瞬間に消え失せる。
「くくッ、雷を返すか! 面白い――――」
ここだ。
「――――奥義、旭日昇天」
闘気を足に集め、真上へ跳躍。全力で飛び上がった勢いのまま、玉藻とすれ違う瞬間に刀を鞘から抜き放つ。闘気は足から流れて腕へ、そして刃が触れる瞬間には刀へ移る。
「ぬぅッ!?」
「天日流、奥義……」
斬り落とされる玉藻の腕。それを確認するよりも早く、空中で刀を鞘に納める。
「――――天照」
残った全ての神力と闘気をかき集め、眩い光の斬撃とした。




