人と河童と
舞台の上で向かい合う霧生と袈裟坊。どちらも、一流の武人と言えるだろう。
「天日流範士、霧生義鷹」
「オラは河童の袈裟坊だ。相撲なら負けん」
「相撲か……何度かやったことはあるが、流石に河童には勝てまいな」
「あたりめぇだ。人間に負けたことは一回しかねぇ」
逆に一回はあるのか。まぁ、世界は広いからな。
「……始めるか」
「オラはいつでも構わん」
霧生は頷き、刀の柄に手を当てた。
「行くぞ」
二人の体から闘気が溢れる。凄まじいプレッシャーが舞台の外まで伝わり、皆が息を呑む。
「天日流、暁光」
「『流水力道』」
居合、抜刀。振り抜かれた霧生の刃は一瞬で袈裟坊の喉元に迫り……水流にその勢いをズラされ、刃は惜しくも空ぶった。しかし、その横では水流が弾け飛んでいる。
「この刀でも完全には斬れんか……いや、水流自体は斬れても、その流れ自体は斬れておらんという訳か」
「こりゃぁ、たまげた。まさか、オラの水流が斬られるたぁな」
能源不知外道斬、この刀は力を、エネルギーを斬る。故に、妖術により創り出されたあの水流も破壊することが出来た訳だが……あの水流で受け流すという、その流れそのものは技術だったのだろう。この刀で技を斬ることは出来ない。
「さて、行くぞ」
霧生は数歩離れ、構えを取り直した。河童もそれを待ち構えるようにしている。
「天日流、陽輪」
霧生がその場で幾度も刀を振るうと、その度に赤い闘気の刃が生み出されて河童に飛んでいく。闘気の刃は触れた水流を破裂させるが、刃自身はあらぬ方向へと流される。
「天日流、烈日」
一気に距離を詰め、その刃を全力で横に薙ぎ払う霧生。凄まじい力の籠ったその斬撃を、河童は自らの手で触れて受け流した。
「厄介だな、河童」
「おまえもや。久しぶりに流せんで血が出た」
そう語る河童の手からは血が零れていた。あの苛烈な斬撃は茨の刃だ。触れればそれだけで傷が付く。そして、その傷は自然治癒では治らない。
「だから、オラも本気で行く」
河童の体から水流が迸り、その全身を覆っていく。
「『水獣化』」
河童の体が僅かに透き通った青い水の……いや、水流の体と化した。常に流動し続けるその体は河童の技を最大限活かすことが出来る武器にして鎧となるだろう。
「『流水遊獣』」
河童の体のあちこちから水流が飛び出しては形を成していく。河童と同じように流動する水の体を持つ彼らは、虎や狼に猿など様々な獣の姿をしている。
「……天日流」
数十体の水の獣と、水の河童。それを目にした霧生は地面に片膝を突き、刀の柄に手を当てた。
「赤鴉の舞」
流れるような動きで動き出す霧生。しかし、まだ刃は鞘から抜かれていない。
「陽下乱剣」
水の獣が霧生に触れようとした瞬間、その刃が抜き放たれた。赤い闘気の輝きを放つ刃は、その光を撒き散らしながら舞うように振るわれる。
「こりゃ、不味いな」
次々に水の獣を一撃で破壊していく霧生。その様子を見た河童は焦りの表情を浮かべる。
「『水遊龍』」
河童から大量の水が放たれ、龍の形を成して真っ直ぐに霧生に向かって行く。
「天日流、烈日」
水龍は一撃で破壊され、ただの水となって周辺に散らばる。が、河童の妖術によってそれは操られ、霧生を囲むように動き……
「天日流、日暈渡り」
「なぬッ!?」
霧生の足が空を踏みしめた。空中を駆け抜ける霧生は不規則な軌道で河童に迫り、そしてその刃を閃かせる。
「天日流、落陽」
「ッ!」
袈裟懸けに振り下ろされた刃。河童はそれを流動する体で受け止めようとして……触れた瞬間に手が弾け飛んだ。
「しかし、今のオラを剣で倒すのは無理やろう!」
弾け飛んだ傍から再生する河童の腕。水流の肉体に、部位としての意味は大して無いのだろう。
「天日流、奥義……」
しかし、霧生は焦ることも無く刀を振り上げる。その刃からは闘気が激しく燃え上がっている。
「――――煤羅煤羅」
炎と化した闘気。凄まじい熱を伴う斬撃は河童の体を斜めに切り裂き、そして一瞬で蒸発させた。
「ぬ、ぉ……見事、な……剣、だ」
現れたのは、元の河童。しかし、水流は纏っておらず、全身が煤けている。
「最後ッ、勝負!」
「良いだろう」
霧生に走り、その平手を突き出す河童。霧生はそれをひらりと避けて刃を振り下ろすが、河童はその刃を体だけで受け流す。
「ぬぅッ、負けんぞ!」
「ッ、中々……!」
避けられる拳、受け流される刃。超至近距離で幾度もそれを繰り返す二人。永遠に続くかとも思えるような攻防だったが、遂に決着が付く。
「天日流、双陽閃」
「ぬゃッ!?」
同時に発生する二つの斬撃。足と首、二か所を同時に受け流すことは難しく、河童は足を切断された。
「これにて終いだ。悪くなかった」
「あぁ……オラも、楽しめた」
足を失い、地面に倒れる河童の首を刀が刈り取った。




