肩ポン
肩を叩かれ、そちらを振り向くとステラが居た。
「マスターからはどのような感動的なお言葉を頂けるのか、私は楽しみにしています」
「……勝手に舞台から降りて良かったのか?」
ルール的に、勝手に抜け出したら棄権扱いになりそうだが。
「私が認識しているところでは、この勝負は茶番なので」
「そうか」
「えぇ、私達がどれだけ戦おうと、相手がどれだけ抗おうと、マスターに敵う者は居ません。ほぼ間違いなく、マスターはこの星で最強の存在です」
「……言い過ぎだろう」
この世界には、神が居る。完全に顕現したそれらに勝てるかは、俺でも分からない。
「転生の概念も適用されない以上、私という存在はマスターが生み出す他に有り得ないですが……それでも、マスターの下で生まれたことに私は強い喜びを感じています」
「そうか」
確かに、俺が生み出した魂である以上、別の誰かの下で生まれるということは有り得ない話だ。
「マスターは強く、優しく……そして、自由を好む。私が求める最高の主で、最高の環境があります。ホムンクルスという身でありながら、使い魔として作られておきながら、これだけ楽しく生きられていることに、私は深く感謝しているのです」
どう返事をすれば良いんだ、これは。
「……どうして、急にそんな話をし出したんだ?」
「戦闘の後なので、気分が高揚しているのでしょう。私の精神は人間に近いものとして設計されているので、自然な現象です」
僅かに顔を赤らめて言うステラ。
「それに……こうして、まともに感謝を伝える機会も無いので」
「感謝に関しては、こちらこそだ。そもそも、対価も無しで働いてもらってるからな」
何か求められれば渡すことはあっても、明確に給金のようなものを渡すことは無い。強いて言うなら、メイアに与える血くらいだろうか。
「勝手に生み出して、勝手に支配するのは……はっきり言って、最悪な理不尽だ。もう、お前も十分成熟したからな……使い魔を辞めたくなったなら、言っても良い」
カラスとメイアに関しては契約の下で使い魔にしたが、ステラはそもそも使い魔として生み出した存在だ。そこに、選択の自由は無かった。
「その道を選ぶことは今後一生ありませんので、もう二度と聞く必要はありませんよ」
「……そうか」
僅かに怒ったように言うステラに、俺は言い返すことなく頷いた。
「それで、マスター……感動的なお言葉、待っていますよ?」
本当に、そう言うの出来ないんだよな。口下手、と言えば良いんだろうか。
「…………よくやった、ステラ」
俺が言うと、ステラは眉を顰めた。
「捻り出して、それだけですか?」
「雄弁は銀、沈黙は金と言うだろう。そう言うことだ」
ステラはジトッとした目で俺を見ている。
「それで言うと、マスターは雄弁も沈黙もしていないですが」
「……自分の主を詰めるのは止めないか?」
多分だが、俺はこいつに口論で勝てない。俺が生み出したんだが、不思議な話だ。
「それより、アレだ。始まるぞ」
「見事に話を逸らしましたね……」
ステラの言葉を無視し、俺は舞台に意識を向けた。そこには、二人の男が立っていた。
「やぁや、わっしは旻。天狗のはぐれものでさ」
赤い天狗の面を付け、背から黒い翼を生やした男だ。頭から生える毛は白く、その手にはシャラシャラとなる錫杖を握っている。
「オラは河童だ。袈裟坊ち呼ばれとる」
赤い袈裟を纏った、背の高い河童だ。黒に近い緑色の肌と、頭の皿。河童としての特徴を備えつつも、かなり体格が良い。
「用意が良いなら、もう始めましょうや」
「オラは、いつでも構わん」
旻は頷き、その錫杖を掲げた。
「なら、わっしから行きまさぁ」
袈裟坊の体に見えない力が纏わりつき、その体が締め付けられるように硬直する。
「こんなもんで縛れると思うとるか」
袈裟坊がドンと四股を踏み、自身の体を覆っていた力を弾き飛ばす。
「おまえ、殴り合いは出来んのやろう」
「得意ではない、ってとこでさぁな」
袈裟坊がその体から赤い闘気を溢れさせる。
「ほいだら、行くぞ」
袈裟坊が一瞬で旻まで距離を詰める。突き出される平手を錫杖で受け止める旻。その体が凄まじい勢いで弾かれ……場外を超える寸前で急停止した。
「あ、危ねぇ……ッ!」
焦りの表情を浮かべる旻は直ぐさま飛び上がり、黒い翼をはためかせて滞空する。
「ズルとは言わせやせんよ。コレも、持って生まれた力なんですわ」
空を飛ぶ天狗の翼。河童の袈裟坊では、あの高みまでは届かないかも知れない。
「ズルなんて言わん。何でもありが、この試合の決まりやろう」
「それはそうでさぁ。ただ……河童のお前さんは飛べんでしょうや」
袈裟坊はニヤリと笑い、どさりと四股を踏んだ。
「そりゃぁ、勘違いや」
袈裟坊が大地を踏みしめ、次の瞬間には空中に飛び上がる。
「なぁっ!?」
「おぅらよっと」
凄まじい跳躍によって一瞬で旻の眼前に現れた袈裟坊は、その手で旻の体を掴み、地面に投げ飛ばした。




