心頭滅却
波山の体から噴き上がる炎。これぞ正に火の鳥と言ったところだろうか。まぁ、見た目的に飛べそうには無いが。
「これならどうかしら？」
メイアは貴威の力を込めた血の刃を波山に飛ばすが、その刃は炎に呑まれて消え去った。
「ふん、何をしようと無駄よ！」
「確かに、難しいわね……」
魔術的な防御を貫通する貴威でも貫けないのであれば、あの炎を突破するのは難しいだろう。
全身から噴き出す炎を超えてダメージを与える必要があるが……難しいな。
「今度はこちらの番だッ！」
波山が息を吸い込んで思い切り胸を膨らませると、赤い炎を全力で吐き出した。
「むッ、どこへ消えたッ！？」
「流石に炎は鈍いわね」
波山の背後に集まった霧。そこから現れたメイアはその手に握った血の槍を波山に突き出した。
「無駄と言っておろうッ！」
「チッ」
が、槍は炎に触れた部分から溶かされて呑み込まれて消える。
「食らえィッ！！」
「ッ！」
至近距離、波山から噴き出す炎が突然勢いを強め、メイアの体が霧になるよりも早くその体に触れた。
「……なに、今の」
霧となってそこから逃れたメイアは実体化すると、体を細かく震わせながら呟いた。
「儂の炎は妖力の炎、物を燃やすことは無いが……触れた者の精神を燃やす」
「精神を……そういうことね」
メイアはふっと息を吐き、震えを追い出すと、波山を睨みつけた。
「案外、単純そうで良かったわ」
「クク、何が良かったのだ？ 儂の炎に少し触れただけで震えておっただろうに」
メイアは笑みを浮かべ、一歩ずつ波山に近付いていく。
「ッ、覚悟は良いな……喰らえッ！！」
後数歩、そこまで迫ったところで波山の口から炎が放たれ、メイアを呑み込んだ。
「ククッ、どうだッ！ 廃人になるまで燃やし尽くしてやろう！」
霧に変ずる間もなくその場に倒れ込むメイア。波山は構わずメイアに炎を浴びせ続け……その背後から首根っこを掴まれた。
「キェエエエエエエエエッ！？」
うつ伏せに地面に倒された波山は何とか転がって仰向けになるが、その首を掴む細腕は離れない。
「ぐ、ぐぇッ、な、何故ッ！」
瞠目する波山。倒れ込んだメイアを燃やしているつもりになっていたようだが、アレは夢幻の霧によって作り出された幻だ。
「本当は、幻を見せて場外にでも出してやろうかとも思ったのよ？ でも、それじゃまるで……私が勝負から逃げたみたいじゃない？」
波山の体から噴き出す炎は当然、メイアの体を包みこんでいる。その精神は今もなお燃やされ続けている筈だ。
「ふふ、熱いわね。精神を燃やされるなんて初めての体験だけれど……ふふっ」
「ぐ、ぅ……が、がはッ！？ き、きさ、ぐッ……ぅ……」
波山の細い首を締めあげるメイアの手は震えている。しかし、その表情に浮かんだ笑みは未だ消えていない。
「この心では……気高さでは、誰にも負けないと決めたの。だから、死んで貰うわ」
「……ぅ……ッ……」
声にならない声を上げ、メイアを睨みつける波山。首を絞められたその状態では喋ることすらままならず、ただジタバタと身体をのたうち回らせるだけだ。
「あら、勢いが弱くなってきたんじゃない……？ ふふ、私が燃え尽きるよりも早く……貴方の火が、消えちゃいそう、ね……ッ！」
波山の炎は、その勢いを弱めている。それはまるで、波山の命の火が尽きかけていることをそのまま表しているようだった。
「ぐ、ぇ……ァ」
喉が潰れた。首が平べったく潰れ、波山の炎は遂に燃え尽きた。
「ふ、ふふ……ッ、勝った……わね」
メイアは波山の首から手を離し、震える体をよろよろと起こす。元から血色の悪かった顔色は更に蒼白に染まり、明らかに平気には見えない。
「私の、勝ちよ」
しかし、メイアは浮かべた笑みを消さぬまま、勝利を宣言した。
「いやぁ、勝ったね」
「あぁ、相性的にはかなり悪そうだったが……勝ったな」
精神を、心を灰にする炎。その実態は良く分からないが、恐ろしい妖術だ。メイアは正面から打ち勝てたが、普通はあそこまで炎を浴びれば廃人になっていただろう。
「カァ、これで六人目突破だな」
折り返し。これで、六人目の敵が倒れた。残すは五人。その内の一体は玉藻だ。つまり、知らない敵は残り四体と言うことになる。
「しかし、マスター。あの炎に焼かれた後の精神状態で戦闘は継続出来るのでしょうか」
ステラの問いに、舞台の上のメイアを見ると、そのまま目が合った。何を言うでもなく、メイアはニコリと微笑む。
「……少なくとも、棄権する気は無さそうだ」
使い魔として魂が繋がっているメイアの精神状態はある程度鑑みることは出来るが、廃人になっている様子は無い。最低でも戦えはする筈だ。
「案外、このままメイアが全抜きしちまうかもなぁ？ ボス」
「そうだな。相性次第だが、可能性はあると思ってる」
とは言っても、まだどんな敵が残っているのかも知らない以上、適当な推測にしかならないが。
「ボス……何だ、あれ？」
カラスの言葉に舞台を見ると、メイアの前には一本の骨が転がっていた。
