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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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血と灰

 舞台の上、相対するのはメイアと……謎の妖怪だ。見た目を形容するならば、人型に近い灰の塊と言ったところだろうか。

 腕はずんぐりと丸く短く、足は無い。太く丸い胴体はそのまま地面に伸びており、灰で出来たその体は常に蠢き、不気味に揺れている。


「私はメイア、貴方は?」


「お、れは……灰坊主(あくぼうず)……」


 灰坊主と名乗った声は男のものだった。掠れたような聞き取りづらい声は、どこか苦しそうに聞こえる。


「もう、始めても良いのかしら?」


「良、い……」


 メイアは笑みを浮かべ、右手を上に掲げた。


「じゃあ、始めるわ」


 その手に真紅の剣が握られ、周囲に無数の血の刃が浮かぶ。


「先ずは小手調べよ」


 宙に浮かんだ血の刃が一斉に灰坊主に向かい、その体を貫いていく。


「……まるで効いてないって感じね」


 血の刃は灰坊主の体をそのまますり抜けてしまい、ダメージを与えることは無かった。


「つぎ、は……おれの、番だ」


 灰坊主が短く太い腕をメイアに伸ばす。すると、その体から灰が溢れてメイアに向かって行く。


「ッ、これは……」


 メイアの体に触れた灰は纏わりつき、その皮膚をガリガリと削っていく。


「死、ね……!」


 灰に体を覆われ、削られていくメイア。為すすべもなく、その体は小さくなっていく。


「削り、きった……ぞ」


 数秒後、そこに残るのは血と灰だけになった。灰坊主は判断を仰ぐように観客席の玉藻の方を見て……



「――――ふふ、残念でした」



 灰坊主の背後、霧が集まって現れたメイア。その手に燃え盛る紅蓮の細剣が握られる。


「『紅蓮武装(スカーレットウェポン)潔炎剣(ノビリス)』」


 炎を纏ったレイピア。それを構えたメイア、溢れる炎熱に灰坊主は後退る。


「灰も残さず燃やしてあげる」


「ッ!」


 灰坊主の鈍い動きではメイアから逃れることは出来ない。メイアは一瞬で距離を詰め、笑みを浮かべながら細剣を突き出した。


「ぐ、ぉッ!?」


 紅蓮の細剣が灰坊主の体を貫き、その刃から溢れる炎が勢いを増す。その炎は灰の体すらも内側から燃やし尽くし、あっという間に灰坊主の体は体積を減らしていく。


「ま、だッ!」


 灰坊主の体から灰の飛沫が高速で射出され、メイアの体を貫く。


「ふふ」


 噴き出す血。身体中に開いた小さな穴。しかし、メイアは微笑むだけで怯んだ様子も無く灰坊主の体を焼き続ける。


「や、め……ぇ、ぉ……」


 灰坊主の体は半分以上が蒸発し、残りは溶けて地面にドロリと広がる。そこから、もう灰坊主の声がすることは無い。


「先ず、一勝ね」


 紅蓮の細剣を消し去り、メイアはふっと息を吐いた。


「先鋒をメイアに任せたのは正解だったな」


 メイアには高い持久力と耐久力がある。それは生半可な相手では突破出来ず、尚且つ二人目三人目と戦えるような継戦能力も高い。例え負けるとしても、情報は十分に取れるだろう。


「彼女は君の使い魔だよね。羨ましいよ」


「まぁ、使い魔と言っても後からその契約をしただけだ。一から作った使い魔は……こっちだと、ステラだけだな」


 俺の言葉に、瓢は怪訝そうな顔をする。


「……こっちだと、って言うのは?」


「あぁ、アレだ。暫く、海外に居たんだ」


「へぇ、じゃあ英語も喋れるんだ?」


「イエス」


 瓢は微妙そうな顔をして視線を舞台に戻した。


「……ほら、次の相手が来たぞ」


 沈黙の後、メイアの前に新たな敵が現れた。


「アレは……鳥か?」


 真っ赤な鶏冠を持つ鳥で、緑色の羽根で覆われた背中を除き、全身から赤い羽根を生やしている。鳥と言っても、その見た目は体格の良い鶏……ヒクイドリに近い。


波山(ばさん)だね。彼の炎はちょっと特殊で……魔力や妖力を食らって勢いを増し、相手の精神を燃やすんだ」


「……精神を燃やす?」


 瓢はこくりと頷く。


「彼の炎は物理的に物を燃やすことも出来ないし、熱も無い。だけど、その炎を浴びれば精神が焼かれて灰になる」


「……廃人になるってことか?」


 瓢はまたこくりと頷いた。


「それは……白沢の力で治せるのか?」


「問題無いよ。寧ろ、そっちの方が専門まであるんじゃないかな。呪いとかね」


 呪いも治せるのか。万能だな、白沢。


「おっと、始まってるよ」


 視界に入ったのはメイアに蹴りかかる波山(ばさん)。その恐竜のような足から生えた鉤爪は食らえばただでは済まないだろう。


「無駄よ」


 しかし、メイアに単調な攻撃は通用しない。鉤爪は霧と化したメイアをすり抜けて地面に傷を付けた。


「ぬぅ、面妖な……霧の妖か」


「……一応言っておくけど、私は妖怪じゃないわよ」


 霧が集まってメイアの姿を取り戻す。


「むッ、確かに妖力は感じぬな」


「そうでしょう?」


 メイアが微笑むと同時に波山の足元の地面がドロリと赤く溶け、血の沼に変化する。


「ぬぬぅッ!?」


「あら、もうお終い?」


 血の沼に溺れて藻掻く波山に血の刃が放たれ……


「むぉおおおおおおおおおおおおッッ!!!」


 波山の体から赤い炎が溢れ、血の沼を一瞬で蒸発させた。


「そうなるか」


 魔力や妖力も呑み込む炎、それはメイアの血の沼すらも簡単に食らってしまえるらしい。


「……意外と手強そうだな」


 メイアは笑みを浮かべながらも、熱の無い炎を前に冷や汗を垂らした。

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