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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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晴れの舞台

 巨大な地下空間の中心、闘技場のように僅かに浮き上がった土台は結界に囲まれ、その外側には観客席のような段差が用意された。


「あはは、良いねぇ。こういうの、いつ振りかなぁ」


 楽しそうに観客席で足をぶらつかせる瓢。その様子だけを見れば、本当にただの少年にしか見えない。


「ワクワクするね、義鷹」


「……否定はせん」


 口を結んだ霧生だが、その口角は僅かに上がっていた。


「ちゃんと見守ってやれよ、霧生。孫の初舞台だ」


「ははッ、初舞台か。言い得て妙だな!」


「……義鷹。僕以外と話すときは笑ったりするの、普通に傷付くんだけど」


 隣で傷付いている瓢を無視し、霧生は舞台に視線を向けた。


「そろそろ、始まるな」


「あぁ」


 観客席を埋め尽くす妖怪達。常人ならば正気を喪失しそうな光景だが、溢れる感情はただ喜色、そして熱狂で満ちている。


「おぉ、出て来たぜ。ボス」


 カラスの声で、御日が舞台に上がったことに気付く。広い地下空間に作られた舞台、かなり大きなその場所にポツリと現れた御日はとても小さく見える。


「相手は……何だ?」


 現れたのは御日と比べて余りにも大きな異形。一言で形容するならば、それは巨大な蜘蛛だ。


「土蜘蛛だね」


 短く答えた瓢。土蜘蛛、そう呼ばれた妖怪はただの蜘蛛ではなかった。膨れ上がった虎のような胴体に、太い蜘蛛の手足、そして鬼の顔面。割と恐ろしい容貌のその蜘蛛の体長は五メートルを超えている。


「強いのか?」


「強いよ。大抵の妖怪よりはね」


 流石に、雑魚って訳では無さそうだな。


「この儂に勝てると思うておるのか、小娘」


 舞台の内側から拡張された声が響き、土蜘蛛はその大きな図体を御日に近付ける。


「分からない。貴方のこと、知らないから」


「そうかそうか。ならば、試してみるか?」


 御日はこくりと頷いた。


「ククク、良かろう。先手は譲ってやる」


 そう言って土蜘蛛は距離を離し、前足を広げた。


「じゃあ、いつでも良い?」


「ふん、無論よ」


 御日は鞘に収まった黒桜小金丸に手を当てた。



「――――天日流、暁光」



 黄金の刀身が閃いた。居合の流れで抜き放たれた刃はそのまま土蜘蛛の鬼のような面に滑り込む。


「ぬ、ぉ――――ッ!?」


 土蜘蛛の体に赤い光の亀裂が走る。その光が一瞬にして強まると、土蜘蛛の体は真っ二つに裂けていた。


「うーわ、こういうの……グロいって言うんだったかな?」


「あぁ、グロテスクだな」


 二つに分かれた土蜘蛛の体は内側から液体を漏らし、ぴくぴくと震えている。


「……まさか、終わりか?」


「うん、死んだね」


 おい、一撃で終わったぞ。


「ふん、剣士を相手に初撃を譲るからだ」


 ふんぞり返って言う霧生だが、例の如くその口角は上がっている。


「ふむ、先ずはそちらの一勝じゃな」


 後ろの席から玉藻が立ち上がり、片手を上げた。


「白沢」


「分かってますよ」


 白い三つ目の獅子が跳躍し、舞台の上まで一気に飛び乗る。


「『帯回灵魂』」


 白沢が前足で土蜘蛛に触れると、二つに分かれた土蜘蛛の体が巻き散った血ごと巻き戻り、元の姿に戻っていく。


「回復というよりも、巻き戻しだな」


「うん。だから、色々無茶しても無かったことに出来るよ。流石に魂を消耗させ過ぎれば彼女でも戻せないだろうけどね」


 なるほど、便利だな。


『ぬ、ぅ……まさか、この儂が一撃で倒されるとはな……』


 土蜘蛛はショックを受けた様子で立ち上がり、よろよろと舞台から降りていった。


「っしゃぁッ!! もうッ、戦って良いってこったなぁ!?」


 瞬間、金棒を担いだ男が舞台に乗り込んだ。黒い髪の中からは一本の角が捻じれ伸びている。


「オレは鬼だッ! 見ての通りなァ!?」


「うん」


 舞台に上がり、拡張された声が地下空間に響き渡る。


「んじゃぁ、行くぞォ!? 良いなぁ!?」


「うん」


 御日の了承を得た瞬間、人に近い見た目の鬼は御日に向かって飛び掛かった。


「おーらよッ!!」


 振り下ろされる金棒。凄まじい破砕音と共に舞台の地面が一部砕け、破片と土煙が舞い散る。


「天日流、赤鴉の舞」


 破片を掻い潜り、土煙の中を駆ける御日は、鬼の視界の外側から背後に回り込んだ。


「ッ!?」


 背後から振り下ろされる刃。鬼はそれをギリギリで察知し、金棒で刃を受け止める。


「咲いて」


 鬼の金棒が御日の刀を弾いた瞬間、舞い散った四枚の黒い花弁が鬼の体を囲むように迫る。


「こいつ、はッ」


 慌てて後ろに跳び退く鬼の体を花弁が僅かに切り裂き、血が溢れる。


「天日流、炎笠輪(えんりゅうりん)


 鬼に向けて飛び掛かった御日。宙を舞うその身を空中で回転させながら刀を振るうと、その刃から炎が溢れる。


「ッ、ほぼ二体一……かァッ!?」


 炎の輪を描く刃は的確に鬼の首を狙うも、金棒に防がれる。しかし、自由自在に宙を舞う桜の花弁たちは鬼の体を避けられない角度から貫いた。


「ぐ、ぉ……ォォッ!!」


 心臓を貫かれ、脳天を貫かれ、両足の筋を裂かれ、膝を突く鬼。明らかな隙を見逃す筈もなく、御日は刀を振り上げ……


「天日流、落陽」


「ま、だァアアアアアッ!!」


 袈裟懸けに振り下ろされた黄金色の刃。それに対抗すべく、最後の気力を振り絞って鬼は金棒を思い切り振り上げる。


「なッ!?」


 しかし、御日の刃は振り上げられる金棒に沿うように触れないギリギリで滑り抜け、鬼の首を斬り落とした。

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