妖溢れる地下の道
そこそこ舗装された地下の道を歩いていく。その途中で何体もの妖怪とすれ違ったが、襲い掛かってくるようなことは無く、列に加わるだけだった。
「玉藻、お主もまさか本気で人と争おうたぁ思っとらんよな?」
「吾もいい加減学んだのじゃ、狸。お主とは何も話さぬ」
にべもなく断られた斎秀は残念そうに肩を竦めた。
「カァ、やっぱ狸と狐ってのは仲が悪いんだな」
「別に、そうでは無い。此奴の言葉に乗れば大抵碌なことにならんというだけじゃ」
「まぁ、良くもねぇんだがなぁ。狐と狸と言やぁ、よく騙し合いに化かし合いで勝負を……いや、案外仲は良いかも知れんのぉ」
確かに、どっちも何かに化けたりするイメージはあるな。となると、この狸も何かに化けるのが得意なのか。
「……しかし、不思議な空間ですね。マスター」
ステラが地下の道を睨むようにして言う。
「恐らく、この場所を隠蔽する為の力かと思われますが……魔力や闘気とは別の力で術が構成されています」
ステラが言うと、旻が後ろから錫杖を伸ばした。その先には白い光が灯っている。
「こいつぁ、妖力でさぁ。神通力の中でも殆ど妖怪にしか使えねぇ特別な力って奴でさぁな」
「ふぅん、魔力とは何が違うのかしら?」
「魔力は基本、誰が使っても同じ力でしょうや。でも、妖力は使い手によって形を変える珍妙な力なんでさぁ」
「個々人で能力が変わる力、でしょうか?」
ステラの問いに、旻は唸り声を上げた。
「そういう面もありやしょうがぁ、基本は種族によって異なる力と言ったところでさぁ。天狗、鬼、河童……妖怪なんて色んな種類がいやしょうが、それぞれ違う力があるってことでさぁな」
なるほどな。瓢のすり抜ける力もぬらりひょんとしての力なんだろう。
「……刀の人」
横に並んで話しかけてきたのは御日だ。こんな日でも、いつも通りのラフな服装だ。
「刀の人は、妖力使える?」
「逆に、何故使えると思ったんだ?」
一体、俺を何だと思ってるんだろうか。
「人間でも、偶に使える人が居るらしいから」
「なるほどな。まぁ、俺は使えないが」
もしかしたら、使おうと思えば使えるかも知れないが……必要性は感じない。
「それはきっと、妖怪の血を引いてる人だね。若しくは、何かしら妖怪としての要素を持ってるか……後は、霊力が凄い人は極稀に使えたりするね。僕も何人か見たことあるよ」
「じゃあ、霊力すら扱えない俺には到底使えないな」
「さぁ、どうだろうね。試してみたら?」
いや、試し方すら分からんが。
「カァ、今から敵地のど真ん中に乗り込みに行くとは思えねえな」
「まぁ、緊張感は無いかもな」
だが、変に気負うよりは良いだろう。いつも通りな方がな。
♢
案内されたのは体育館程度には広い地下空間。そこには夥しい量の妖怪が居た。
「おォ、玉藻ォ! どうなったァ!」
「玉藻、話は纏まりましたか?」
いの一番に声をかけたのは身長が三メートルはある大柄な黒い鬼と、三つ目に角の生えた白い獅子だ。どちらからもそれなり以上のオーラを感じる。最初に会ったような木っ端の妖怪ではないらしい。
「今からするところじゃ。まだ控えておれ」
二体を制止し、玉藻はこの空間の中心辺りまで歩いた。
「他の者も、手は出さぬように」
玉藻が手を上げると、俺達の背後の地面から石の椅子がせり上がってきた。恐らく、今作ったのだろう。
「それで、瓢。話とはなんじゃ」
玉藻は椅子に座り、優雅に足を組んだ。
「富士山の噴火、大嶽丸の復活。これについては知ってるよね」
「ふん、当然じゃ」
流石に知っていたか。
「君の願いは自由と権利。それなら、二つの事件を利用してそれを勝ち取れるかも知れないと思ってね」
「ふぅむ?」
瓢は特に緊張した様子も無く話を続ける。
「簡単な話だよ。人類の味方をするんだ。大噴火と大嶽丸、君がこの災厄から人類を守って、信用を集めるんだ。容姿で見ても、君は人気を得られると思うし」
「……まぁ、理屈は分かったのじゃ」
玉藻はいつの間にかその手に持っていた扇子を開き、自身を扇ぐ。
「吾も人を無意味に殺そうとは思わぬ。殺したいとも、思わぬ」
そうなのか。割と、好戦的なイメージがあったが。
「吾はあの頃に戻りたいだけじゃ。屋敷や庭、河川敷や森の中、そこかしこで宴を開いて人も妖も関係なく騒ぎ立てておった、あの頃に……戻したいだけじゃ」
世界を、か。
「じゃが」
パチリと扇子が閉じる。
「宥和なやり方では願いを通すことは出来ぬ。それに、そもそもじゃ」
玉藻は斜め上を見上げ、少しだけ遠い目をした。
「悪評が広まり尽くした九尾の狐を今更受け入れるものなど居らぬ。吾を信じる者など、もうこの国には居らんのじゃ」
そこに含まれていた感情は、諦観だろうか。
「君は、今の日本をどのくらい知ってる?」
「……そうは知らぬ。が、少し調べさせれば分かったわ。如何な辞書にも吾が悪者としか書いておらぬ。それに、今は魔物とやらで溢れた世じゃ。吾がそれらと同一視されるのは目に見えておるわ」
吐き捨てるように言う玉藻に、瓢は首を振った。
「悪評も残ってるけど、君のことを恨んでる人間なんて今の日本には誰も居ないし、それに創作の中じゃ君は割と人気者だよ。だから、君が思うようなことにはならないと僕は思う」
「そうなのかも知れぬな」
「だったら……」
瓢の言葉を制止するように、玉藻は扇子で音を鳴らした。




