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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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前哨戦、にもならぬ。

 お互いに自己紹介を済ませ、俺達は九尾の狐が潜むという山の方へと向かった。


「おいおい、ちょっと待てやテメェら」


 山の麓、森の中から現れたのは数体の鬼だった。全員が棍棒を担ぎ、こちらを睨みつけている。


「オレらのことを嗅ぎつけて来やがったなァ?」


「テメェらも中々強そうだが、オレらには敵わねえよォ?」


 俺達を囲む鬼。肌の色は全員暗めだが色とりどりで無駄にカラフルだ。


「さぁて、どうする?」


 何故か楽しそうに言う瓢は、俺達に視線を向けた。


「知らぬが、このまま待っていればどんどんと集まって来るぞ」


 霧生がそう忠告すると、鬼一が鼻を鳴らした。


「烏合の衆が集まったところで変わらん」


「どうせ全員ぶちのめすつもりでわっしらを集めたんでしょうや。だったら、このまま全員ここで迎え撃って万事おしまいといきやしょう」


 鬼一と旻は好戦的な姿勢を見せ、鬼一は腰の刀に手をかけた。


「おうぃ、儂ら妖怪が揃って態々始めるのが殺し合いとは頂けんだろうが。折角、儂らには頭と口がついておるんだ。これを使わんければそこらの獣や魔物と変わりゃぁせん」


「私も無闇矢鱈に戦うべきとは思いませんね。暴力は飽くまでも最終手段とするのが理性というものですから」


 二人とは対照的に、斎秀と海若は戦闘を避ける姿勢を見せた。


「うん、二票ずつだね。君たちはどう思うかな?」


 こちらに視線を向ける瓢。必然的に四人もこちらを見る。


「俺も避けられる戦闘は避けるべきだと思うが……」


 俺達の会話を聞かされていた鬼達はその表情を激しく歪ませている。


「どうやらこれは、避けられる戦闘では無いらしいぞ」


 鬼達は鉛色の棍棒を振り上げ、怒りの形相で俺達を見た。


「オレらを前にして余裕綽々で談笑してたその心意気は認めるぜェ?」


「だが、許しはしねェよォ?」


「オレらはちょいと、短気なんでなァ!?」


 鬼が踏み出した。棍棒を振り上げて。


「さァ、死にさら――――」


 先頭の鬼が三歩目を踏みしめる瞬間、刃が煌めいた。


「ッ、なッ……」


 棍棒が真っ二つに切り裂かれ地面に落ちる。先頭の鬼は狼狽したように立ち止まり、後ろの鬼達も止まる。


「そこより先、進むなら次は貴様の命を斬るぞ」


 霧生の言葉と共に、地面に一本の線が走る。地面に深く刻まれた斬撃の痕はそれだけで力量が分かる。


「上を呼んで来い」


 霧生は刀を鞘に納めたが、鬼達は線を越えようとはしなかった。


「流石だね、義鷹」


「ふん」


 霧生は答えることも無く、木に体を預けて目を閉じた。


「これは儂なんぞ出る幕も無いかも知らんな、天神の」


「その呼び名はやめろ、斎秀」


 霧生が狸を睨みつけると、狸は大袈裟に怯えたようなフリをした。こいつらも交流があるのか。


「しかし、まさかお主に孫が出来ておるとはなぁ。人の世は早いもんじゃ」


「孫の御日だ。取って食うなよ」


 コクリと頭を下げる御日に、狸は穏やかな笑みを浮かべた。


「おぅおぅ、お主の孫とは思えんほど可愛らしいじゃぁねぇかよぅ」


「……儂にも可愛げのある時代くらいはあっただろう」


「あはは、義鷹。君は小っちゃい頃から暴れん坊だったよ」


「黙れ瓢。それに、今はそれなりに落ち着きがあろう」


 無いだろう。落ち着きは。


「……緊張感がありませんねぇ。私のような臆病者は常に怯えているというのに」


「天邪鬼。お前のその虚言は何度言えば止める?」


「海若とお呼び下さい。何度言えばお分かりになりますかね?」


 鬼一と海若が睨み合う。俺は今後の連携に一抹の不安を覚えながら、目を背けるように空を見た。



 山の中から姿を現した大量の妖怪達。俺達は彼らに囲まれながら山の麓で待機していた。


「……まだか?」


 霧生が呟くと、木々の奥、山の中から紫を基調とした衣を身に纏った女が現れた。


「噂をすれば影が差す、ってね」


 後ろからは九本の大きな狐の尾、頭からは白い狐の耳、噂に違わぬような美貌。どう考えても、こいつが九尾の狐だろう。


「待たせたの」


 紫、赤、白、黄金の刺繍、幾重にも布が重ねられて作られたその服は、きっと昔の正装だったのだろう。現代人の俺からすれば、動きづらそう程度の感想しか湧かないが。


「やぁ、玉藻。話をしようか」


 瓢が前に出ると、玉藻は首を振った。


「立ち話もなんじゃろう。話をするなら奥に来い」


 そう言うと、玉藻はすたすたと来た道を引き返し始めた。


「……うん、行こうか」


 それなら呼びつければ良かったんじゃないのかとも思うが、態々出向いたのは彼女なりの礼儀かも知れない。取り敢えず、俺は無言で霧生の後ろに着いた。

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