九尾の狐
山の中腹に開いた穴の中、洞窟の奥に潜むのは小麦色の大きな尾を九本も生やした絶世の美女だ。白い布のみが敷かれたその部屋で、女は自身の尻尾の上に寝転がり、白い髪から伸びる白い狐の耳を揺らして虚ろな目を浮かべていた。
「陰気臭い。土臭い。息苦しい……はぁ、早く出て行きたいところじゃ」
「あと少しの辛抱でしょう、玉藻様」
その傍に控えていた女が言う。一本の狐の尾を生やした小柄な少女だ。
「……迷うておる。富士の山にあの悪鬼じゃ。今、吾が暴れればそれこそ日本の終わりじゃろう。そうなれば本末転倒じゃ」
「これを機に日本を支配することも可能かと思いますが?」
少女の言葉に、玉藻は不機嫌そうな顔をした。
「吾が最も嫌いなも言葉は支配じゃ」
「……申し訳ありません」
暗い顔をする少女に玉藻は溜息を吐く。
「其方はまだ生まれたばかりじゃ。気にする必要も無かろう。それに、そう畏まられるのは好かん」
玉藻が立ち上がり、もう少し声をかけようとしたところで、角の生えた一つ目の妖怪が入口の方から走ってきた。
「おい、来やがったぜ! 瓢の奴、本気で来やがった!」
「今、どうなっておる」
短く尋ねた玉藻に、一つ目の妖怪は焦りの表情を浮かべたまま答える。
「まだ戦いになっちゃいねぇが、向こうもそこそこの奴らを連れてきてるみてぇだ! 戦いになったら、相当死ぬぜこりゃぁ」
「まだ戦闘は起こすなと伝えよ。吾が行く」
一つ目が走り去っていくのを見て、玉藻はすたすたと歩き出した。
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目を覚ますと、そこには瓢が居た。
「アンタ、他人のプライベートとか考えたことは無いのか?」
「いやぁ、悪いね。だけど、もうそろそろ昼だからね」
俺は溜息を吐き、洗面所に歩いた。
「顔だけ洗わせてくれ」
飯は諦めよう。それと、メイア達は……居るな。
「ッ、断りなく家に入るなと言ったでしょう!」
「あはは、悪いね。ほら、この件が片付いたら何かお詫びを上げるよ。お礼とも言うかな?」
後ろで始まった言い争いを無視し、俺は洗面所のレバーを上げて水を流した。
「……ふぅ」
何やら話し込んでいるようだったので、歯磨きまで済ませてやった。俺は割と爽快な気分でリビングに戻り、既に集まっていた三人に片手を上げた。
「もう、行けるか?」
「勿論で御座います、主様」
ステラとカラスも頷いたので、俺は瓢に視線を向けた。
「良いね。じゃあ、早速だけど……行こうか」
ぬらり、俺達の体が足元をすり抜ける。体を抜けていく世界に思わず上を見上げると、さっきまで居た部屋は上に流れていき……頭が床を潜り抜けると、俺達は地面からひょんと現れ、外に出ていた。
「……何だこれ」
「奇怪な術ですね。魔術とも呪術ともまた違う、奇妙な術です」
興味深そうにしているステラ。しかし、彼女と瓢以外は、皆不快そうな表情をしていた。
「僕はぬらりひょんだからね。このくらいは余裕さ」
「そうかよ、だがオレは二度と御免だな。感触が気持ち悪いことこの上ねぇ」
「私も二度と体験したくないわね。固体が無理やり体を通り抜けて行くような感触、最低としか言いようが無いわ」
口々に不平を垂れる二人に瓢は苦笑を浮かべる。
「あはは、ごめんよ。だけど、それより……紹介させて欲しいな」
そう言って瓢が指したのは、既に集まっていた面々だ。
「天狗の旻、夜叉の鬼一法眼、化け狸の斎秀、天邪鬼の海若……御日と義鷹は説明する必要も無いよね」
瓢も入れて七人、俺達も入れれば十一人か。少数精鋭って訳だな。
「わっしは旻。天狗のはぐれもので、神通力の扱いにはちっと長けてるってところでさ」
赤い天狗の面を付け、背から黒い翼を生やした男だ。その頭は白い毛で覆われており、握られた錫杖からはシャラシャラと音がしている。
「鬼一だ。人だった頃は在野の陰陽師だったが、霊鬼となりかけていたところを見咎められて夜叉となった。陰陽道と刀の扱いには自信がある」
和装に身を包み、腰に刀を差した男だ。頭からは一本だけのアンバランスな肌色の角が生えている。
「儂は化け狸の斎秀。隠神刑部なんて呼ばれることもあるがぁ、所詮はただの化け狸よ。優しく頼むわい」
そこに居たのは狸だった。体の大きな、腹の出た狸。よく置物であるような、あの二足歩行の狸にそっくりな見た目だ。丁度、頭に笠もかぶっている。
「私は天邪鬼の海若です。良く、胡散臭いやら信用出来ないと言われますが、普通に信じて下さい」
最後に挨拶したのは、鬼だった。短い二本の角を生やした、青みがかった肌をした鬼。しかし、鬼らしく筋骨隆々という訳でも無く、中肉中背で何というかオーラに欠ける鬼だ。
「俺は老日だ。そこの霧生の連れのようなもので、余り役には立たないと思ってくれ」
俺がそう言うと、旻は興味を失ったのか視線を外し、鬼一は不機嫌そうに目を細め、斎秀は笑みを浮かべ、海若は疑わし気に俺を見た。
「なんて言ってるけど、どうせ強いから安心して良いよ」
俺は瓢を睨みつけたが、瓢は視線を躱してにこにこと笑うだけだった。




